燃えろ体育祭/後編−13


爆豪は、顔を赤らめて荒い息になった灯水が最後にそう言ったのを聞き届けた。何か言い返そうとしたが、ついに灯水は意識を失う。個性の上限なのだろう。膝をついていたのが、思い切りこちらに倒れてきた。こちとら地面に凍り付いていて動けないのだ、避けることもできず灯水を抱き留めることになる。


「いって…くそ、なんだこいつ」


爆豪の胸元に当たる顔は熱く、背中は激しく上下に動いている。若干横に逸らされた目元からは、一滴の涙が伝っていた。

昼間話を聞いて、この灯水という男の歪んだところはすぐに分かった。優秀な弟が父親に見初められ、家族はそれを心配して。兄である灯水を誰も見なくなったとき、灯水は自身の存在意義を焦凍の兄であることにしか見いだせなくなっていた。
面倒なのは、それを認めた灯水が自らさらに周りの目が焦凍の方に向かうよう努力したことで、本人が周囲の心配を遠ざけるようにしていたことだ。

フォローと言っていたように、人間関係も焦凍のためなのだろう。うわべの笑顔には爆豪も気づいていたし、白々しさも感じていた。それでもよかったのだ、焦凍が囚われている間は。
しかし爆豪にとってはむかつく相手である緑谷の言葉によって焦凍は一足先にその呪縛から放たれた。そうして残されたのは、いわば残骸だ。それが灯水の空っぽになったままの器だった。

そんなことはちょっと話を聞いたくらいで理解できた。興味はなかったが、あれだけの戦いをしていた相手が突然何を言うかと思えばこんなことで、爆豪は怒りを通り越して呆れていた。


「何が存在意義だ。こんな強けりゃ、誰もが必要とするヒーローになれんだろうがアホ」


そう呟いた自身の声が存外優しかったことに爆豪は自分で引いたが、ちゃっかり右手が灯水の背中を抱き留めていたことにさらに舌打ちをついた。


「と、轟君兄、戦闘不能!爆豪君決勝進出!!」

『辛くも爆豪、決勝へーーー!!!』


実況が何やら語る一方、ミッドナイトは爆豪に抱えられる灯水を見やる。


「個性の使い過ぎね。これは早くリカバリーガールのところに…」

「灯水っ!!!」


そこへ大声とともにやって来たのは、焦凍だった。爆豪は紅白頭にいら立ちを募らせるが、ミッドナイトは眉をひそめる。


「まだあなた入っちゃ…」

「灯水は個性のキャパを超えたんです。早く体温調節をしないと!!」

「体温調節?」

「灯水の場合、個性の使い過ぎによって体温調節機能がマヒすることがあって。今回は半燃を多く使ったから高熱です、このままだと人間の限界体温を超えて死んじまう…!!!」


珍しく本気で焦った表情の焦凍は、灯水を爆豪から預かると強く抱きしめる。その体からは冷気が漂うが、灯水の顔は赤く息もどんどん荒くなっている。


「と、とりあえず保健室へ!」

「はい」


焦凍はミッドナイトを見もせずに頷くと、そのまま灯水を姫抱きにして抱え上げた。途端に女性陣の喜声やら囃す声が上がるが焦凍はすべて無視した。
走り去るその背中を見送り、ミッドナイトも嬉しそうに呟く。


「いいじゃない…すっごく好みよ」

「あの、これ外して欲しいんすけど」


爆豪の声を聞き届けた者はいなかった。







ところ変わって保健室、焦凍はベッドに横たえた灯水にひたすら冷気を当て続ける。その横ではリカバリーガールが処置の仕方を探るが、顔を難しそうにさせる。


「正直、これは私の力じゃ治せんね。自然治癒力じゃなくて体温調節機能となると、私の個性は干渉できないんだよ」

「分かってます。しばらく強制的に外部から冷ましたら、自分の調節機能を取り戻すんで」

「そうかい。グラウンドはさっきの戦いの処理をしているから少し時間がある。決勝前で悪いが、任せたよ」


焦凍は頷くと、額や腰、脇の下などに手を当てて冷まし続けた。一度経験があるので、灯水への処置の仕方に問題はない。原始的だが、こうして無理やり冷ますのが一番だ。
また、熱中症のときと同じく、上着を脱がせてアルコール消毒液を吹きかけておいた。水よりも気化しやすいアルコールを体の表面にかけることで熱を逃がしやすくするのだ。

するとだんだん落ち着いてきて、灯水の呼吸も整い始めた。そろそろ意識も戻るだろうとその端正な顔を見つめると、うっすらと灯水は目を開いた。


「…、焦凍」

「灯水、大丈夫か」


焦凍の問いかけにはぼーっとして答えない。さっきの体温計は体温を43度と示した。死ぬ一歩手前である。潤んだ目は生理的なものだが、すっと焦凍に合わさる。


「……まだ、迷ってる?」

「っ、」


灯水の問いかけは、焦凍の左側についてだ。図星であり、そういえば午後は一言も喋っていなかったと思い出す。あの緑谷との戦いは、焦凍に多くを考えさせたが、間違いなく心を縛っていたものを大きく緩めた。


「…あぁ」

「……いいんだよ、それで」


それを聞くと、灯水はつらそうにしながらも微笑んだ。いつもの、なんでも受け入れて焦凍を受け止めてくれる笑顔だ。


「それも、大事なことだから。…その迷いも、焦凍にとって、大切なんだよ…だから、答え出るのに、時間、かかっていいから。大事に、考えていいんだ…」

「灯水…」


実際、焦凍は少し逸っていたかもしれない。心が揺さぶられて、個性のことを考えなければならないと気付いた。だが、灯水はそれは急ぐことではないと言ってくれた。そういわれると安心できる。落ち着いて、じっくり考えられると思った。


「…ほら、俺、もう大丈夫だから。次に備えておいで」

「本当に大丈夫か?」

「それくらい、分かるよ自分でも。ほら」


灯水は笑って促す。そう言うならそうなのだろう。焦凍は手を離すと、控室へ行くために背を向ける。


「…ありがとな、灯水」

「こっちこそ…」


焦凍は返事を聞いて頷き返すと、保健室を後にした。扉が閉まった直後、呻きながら苦し気に生理的でない涙を流す灯水には、気づかないまま。


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