迷い:保須事件−4
そうして始まった職場体験。
1日目は研修のような形で、事務所の仕事の説明だけで終わった。だがそれだけで、1日が終わったのである。あまりに大きい事務所のビルの中、多くの相棒たちが働いていた。
プロの事務所ではどのような業務があるのか。知っているようで知らない大人の世界だ。子供では思いつかないような多くの業務があるのである。
まず事務所で重要になるのは、渉外担当だ。依頼の受付をして、内容の確認と難易度の予想、担当するべきヒーローのレベルなどをまとめる。ここで適切な割り振りができないと効率的に動けなくなる。
その次は、受付から回された依頼内容を担当するべきレベルの相棒のリーダーが受け取る。エンデヴァー事務所ほどになると相棒の数も多く、きちんとレベルや対応事案によって分類されている。その分類ごとにリーダーがいるのだ。
リーダーは受け取った依頼を元にチームを編成する。敵であれば戦闘系、災害であれば救助系など様々な事案ごとに細かく策定する。
あとはそのチームのリーダーを決めて、その指示下で任務にあたる。任務終了後は、チームとして報告書を提出する。
報告書を受け取るのは総務にあたるところで、経理や警察との連絡、確認などの細々とした業務をしたうえで最後にエンデヴァーに上程する。
こうしたヒーロー事務所ならではの業務の他にも、会計、人事、広告など一般企業のような部門もあるし、CM依頼などのマネジメントや事務所としてのイベントなどの企画、事務所の事業が法に反していないかチェックするコンプライアンスなど仕事は山ほどある。
エンデヴァーは社長にあたるわけだが、かなり関わることが多い。口を出すというと言い方は悪いが、しっかりと事務所全体にエンデヴァーの目が届いているのである。
あれでいてなかなか相棒たちのことを見ているらしい。
それについて、2日目に灯水を担当してくれた相棒が話してくれた。
焦凍が別のところにいる間、灯水と休憩スペースにいるときだ。
焦凍たちが戻ってきて合流するのを待ちながら、灯水はエアコンに揺れる観葉植物を眺める。その横で、3年前に傑物学園高校を卒業したというエリートの相棒がコーヒーのプルタブを開ける。
「灯水君は、エンデヴァーさんのことどう思う?」
「…いきなりですね」
「はは、ごめんね」
若い男の相棒は、炎司が父親としては問題があることを知っているようだった。事務所内でも偉い立場のようだから、母を入院させていることなども知っているらしい。
「…別に、嫌いとかじゃないんです。実は父には出来損ないって言われ続けてきて、焦凍のおまけとしてしか見てもらえなかったんですけど。ここまで生きてこれたの父のおかげですし」
「なるほど…まぁでも、こうして指名されたんだから、あの体育祭でエンデヴァーさんも君のことを認めてくれてる部分はあると思うよ」
「そうですね、俺もそれは思いました。意外だったけど…」
「そう?俺にはとても自然に思えるよ」
相棒の男はそう言って笑う。今の流れだと不自然ではないかと思ってそちらを見ると、真面目な顔で続ける。
「エンデヴァーさんは、あれでいてとてもよく人を見ている。特に、相棒の編成についてはかなり人事にものを言っていてね。あいつはここよりあの部署の方がいいとか、そういうことを言うわけ。報告書見て、普段の働きも見て。そんで、適材適所な人事をしてるんだ」
「皆それでうまくいってるんですか?」
「2,3回移動してやっと、ってこともあったけど、最後は皆エンデヴァーさんに言われた場所が適切だって気づくんだ。そういうのは、本当にすごいヒーローだと思うよ」
働いている相棒だから知る父の一面だった。そんなことも思いもしなかった灯水は驚いて何も言えなくなる。
「灯水君は、どんなヒーローになりたいんだい?」
「どんな、ヒーローに…」
名前決めのときもそうだった。自分を見失った灯水には、自分がさらにどんな人間になりたいかなんて考えることができなかった。いわば焦凍のためにヒーローになると思っていたのだ、そうすぐに別のものを見つけるのは無理だ。
「…最近、それが分からなくなったんです」
「…そうか。なんだか思いつめたような表情をすることがあったから、もしかしてって思ったんだ。まぁ、まだ人生は長い。雄英での生活も2年半残ってるんだ、じっくり考えるといいよ」
大人のそんなアドバイスに、灯水は礼を言って頷いた。だが、灯水はこんな状態で雄英でやっていけるのだろうかと、プロの職場を見て少し思ってしまったのだった。