迷い:保須事件−5
職場体験3日目、夕方。
灯水たちは車で東京・保須市に向かっていた。体育祭の日に、ここで「ヒーロー殺し」による事件が起きていたからだ。エンデヴァーはまた犯人がここに現れると踏んで保須市への出張を決めており、市役所への確認を取った後に灯水たちも連れて町へ来ていた。
相棒も多く連れているので、灯水と焦凍は炎司とは違う車に乗っている。運転するのは相棒の1人だが、2人とも面識はなかったため車内は無言だ。
ヒーロー殺し、それはなぜかヒーローだけを狙った事件を起こす凶悪犯罪者のことだ。狙われたヒーローは重傷もしくは死亡し、助かってもヒーローを引退せざるを得なくなる。
そして体育祭の日、この保須市でヒーロー・インゲニウムが襲われ重傷を負った。炎司いわく、もう活動はできず引退するのだという。インゲニウムは、A組の飯田の兄である。
それにしても、出張を決断して実行する行動力には炎司のNo2たるゆえんを見た気がする。ヒーロー殺しは事件を起こすと必ずその街で4人以上のヒーローを襲う。その法則性から、また保須市にヒーロー殺しが現れると踏んで、適切な人員を確保してやって来た。きちんと市役所に連絡して他の事務所にも連絡しておくあたり抜かりない。
「…にしても、飯田君、心配だなぁ」
「そうだな。あいつの目、気になった」
「目…?」
焦凍から意外な言葉が聞かれて横に座る焦凍を見る。新しいコスチュームにした焦凍は、紺色のジャケットとズボンに白いベスト、ベルト、ブーツという格好になっていた。灯水はグレーのシャツに迷彩のズボンの前と変わらない格好だ。
焦凍は灯水の疑問符に、張り詰めたように窓の外に流れる街並みを見ながら答えた。
「あぁ。恨み、憎しみ、怨嗟…そういうモンがあんのが分かった。…そういう気持ちで動くヤツの目は、よく知ってるから」
「焦凍…」
それは自分のことであり、炎司のことである。焦凍がその目をしなくなったきっかけの日に、飯田はその目になってしまったのだという。
「駅で分かれるときに、緑谷たちが話してたけどよ。飯田、保須のヒーローのところで職場体験してるらしい」
「えっ、そうなの?…保須に飯田君に釣り合うような事務所なかったはずだから…」
「邪推かもしれねぇが、あいつ、ヒーロー殺しのこと探すつもりかもしれねぇな」
「なおさら心配になってきた…」
焦凍が周りに意識を向けていたことにも驚いたが、やはりあの飯田がそんな理由で事務所を選んだかもしれないということも驚きだ。真面目で誠実な飯田がそんなことをするのかと思うが、飯田はインゲニウムに憧れてあのような品行方正を目指すきらいがあるようだったため、もしかしたらというのがあった。
それから少しして、車は保須市に入った。東京の主要路線が通る町なためそれなりに栄えていて、あたりはビル街になっている。
空もすっかり暗くなっている、そんなときだった。
突然、繁華街の反対側から爆音が響いてきた。車内にも聞こえるその大きさに、道行く人々は驚いて振り返る。2人も後部座席から後ろを見ると、ビルの群れの向こうに爆発が立ち上っていた。
それを見て人々は慌てて反対方向に走り始める。あの不自然な爆発は、敵によるものと思った方がいいだろう。
前を走る炎司の車が停まったためこの車も路肩に停車する。炎司が降りたのを見て2人も道に出ると、喧騒がはっきりと鼓膜を震わせた。
「お前ら着いて来い、事件だ!ヒーローというものを見せてやる!」
炎司はそう言うと黒煙の立ち上る方に向かって走り出す。相棒たちも連れ立って走るため、灯水と焦凍も続いた。たまに炎司の髪やら髭やらから出ている炎の火の粉があたりそうになるため微妙に避けて走っていると、焦凍がスマホを取り出した。
「ケータイじゃない俺を見ろ焦凍ォ!」
焦凍はスマホをあまり見ないため、いろいろと初期設定のままだ。そのため、通知を切っている灯水と違い通知をオンにしている。
「灯水、これ」
炎司を無視して焦凍が見せてきたのは、A組のグループに緑谷が乗せた位置情報だった。それだけしか書かれていないが、場所はここからほど近い保須市内の路地だ。
すぐに言わなくてもお互い理解した。先ほど車内で話していたことが頭に浮かぶ。緑谷のこれは、説明する暇もないような緊急事態だ。それに炎司が事務所で言っていたヒーロー殺しの情報に、事件を人目に着かない路地裏で行うというのがあった。
2人はくるりと走る向きを変える。
「どこ行くんだ焦凍ォ!」
「焦凍、先行する」
「ああ」
焦凍が軽く炎司に説明し始めるのを見ることもしないまま、灯水は蒸気によって上空へ飛び出した。ビルの上に乗ると、一瞬で見て覚えた住所のあたりへ飛びながら自身のスマホで位置情報を検索する。
「こっから北北東にまっすぐ、1キロ」
位置さえ分かれば、あとはまっすぐ飛ぶだけだ。障害物のないビルの上を蒸気でぐんぐん飛ばしていった。