迷い:保須事件−7
「焦凍、ヤツに血を舐められると動きを封じられる」
「なるほどな。俺らの遠距離で…」
言い終わる前に、ヒーロー殺しは灯水たちに向かってナイフを2本投げてきた。2本とも正確に2人の頭を狙っており、すぐに避けるも髪がはらりと数本待った。焦凍は顔を掠めて血が散る。
「しまっ…!」
さらにヒーロー殺しはすぐに間合いを詰めて焦凍に迫る。大きな刃渡りの刀で掻き切ろうとしている。灯水はその向こう、空中に舞うもう1本の刀に気づき、焦凍が氷を出してヒーロー殺しを防ぐと同時に同じく氷結によってヒーロー殺しの頭上に氷の柱を突き出して刀をはじく。
氷に閉ざされる刀に焦凍の一瞬の意識が向いたうちに、ヒーロー殺しは氷を避けて焦凍の頬を伝う血に舌を伸ばした。焦凍はすぐに、それが左側だったため炎を出して防いだ。
この間、僅か5秒にも満たない出来事だった。ナイフの投擲と同時に刀を投げ、別の刀で迫りながら相手の隙をついて超近距離に迫る。距離感をバラバラにして様々な攻撃を用いる冷静さと計算高さが伺えた。
「強すぎでしょ…」
一度に様々な手を打つヒーロー殺し相手に、まだ高校生の灯水ができることなど限られている。だが、人数がいるのがこちらの利点だ。
(相手が一度に多くの手を出してくるなら…こっちはそれぞれ違うところを見ればいいだけ)
焦凍がどこに注意を向けているかは、その僅かな挙動や体の向きで分かる。そういうところは双子なのだ。だから、焦凍とは違うところを見て灯水は動くのだ。
焦凍は咄嗟に出した炎の他にもう一度氷結を放ちヒーロー殺しに向けるが、ヒーロー殺しはそれを炎ごと叩き切った。それをギリギリで避けた焦凍に代わり、灯水が焦凍の炎を操ってヒーロー殺しに向けて炎の弾丸を放つ。
こちらにも意識を向けたヒーロー殺しはまた小刀を投擲してくるが、それは焦凍が氷結で弾いた。その隙にヒーロー殺しの足元に向けて氷結を繰り出すと、ヒーロー殺しはそれを避けて飛びのいた。
「なぜ…3人ともなぜだ…やめてくれよ…兄さんの名を継いだんだ、そいつは僕がやらなきゃ…そいつは僕が…!」
「継いだのか、おかしいな。俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな。お前ん家も裏じゃ色々あるんだな」
呪詛のように震える声で言う飯田に、焦凍は冷静に返す。車内で言っていた通りだ。焦凍は飯田に、自分と同じものを感じているのだ。
焦凍はヒーロー殺しに向けて大きな氷結を見舞う。それは一気に路地を覆い、高さ4メートルほどまでになった。
「ちょっ、」
これでは視界は塞がれて敵がどこから来るか分からなくなる。こうなったらこちらから動くしかない。地上には焦凍がいるから、恐らく上から来るであろうヒーロー殺しを見越して灯水は蒸気で舞い上がる。
「己より素早い相手に対して自ら視界を遮る…愚策だ」
「そりゃどうかな……っ!?」
氷の壁は一瞬で切り崩されるが、すでにヒーロー殺しはその後ろにはいない。上に飛んだヒーロー殺しはナイフを焦凍に向けて放った。氷の隙間からそれを見た灯水は、すぐに手から蒸気を出してすぐにそれを凍らせることでナイフを弾いたが、1本逃した。
ナイフは1本、焦凍の左腕に突き刺さる。血が飛び散り、痛みに焦凍は顔を歪めた。
ヒーロー殺しは刀を直下に向けた状態で上から飯田たちに向けて降りてきており、そのままいけば確実に飯田は殺される。
(んなことさせるかっ…!)
灯水は蒸気によってヒーロー殺しに急激に接近すると、その目元に向けて熱湯をぶちまけつつ刀の先に大きな氷の塊をつける。これで刺さらない。
ヒーロー殺しは熱湯こそ避けたが、懐に手を伸ばす。ここでナイフを向けられれば避けられない。
くそ、と思った瞬間、地上から緑谷が飛び上がって来てヒーロー殺しを掴んだ。
緑谷はそのままヒーロー殺しを壁に叩きつけ、表面をガリガリを削りながら引っ張る。
「緑谷君!?」
「なんか普通に動けるようになった!」