迷い:保須事件−9
「レシプロバースト!!!!!!」
飯田の超高速がヒーロー殺しを捉え、その刀を蹴りで砕く。その勢いのまま回転して着地すると、遠心力を乗せて再度一蹴りをしてヒーロー殺しに叩き込む。もろに食らったヒーロー殺しは蹴り飛ばされた勢いに乗って後ろに飛びのき、かなり離れたところでようやく体勢を立て直した。
「飯田君!」
動けるようになった飯田と刀が当たらなかったらしい焦凍に安堵する。飯田は俯いて言った。
「轟君兄弟も緑谷君も…関係ないことで…申し訳ない」
「またそんなことを…」
緑谷は動こうとして震えながら言うが、飯田は顔をゆっくりと上げた。その顔に、怨嗟はない。ただ、守りたいという強い意志が満ちていた。
「だからもう…皆にこれ以上血を流させるわけにはいかない…!」
「感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない。お前は私欲を優先させる偽物にしかならない!ヒーローをゆがませる社会のガンだ、誰かが正さねばならない…!」
先ほどヒーロー殺しがなにを言っているのか分からなかったが、ようやくわかった。ヒーロー殺しがヒーローを襲う理由、それは、ヒーロー殺しのヒーロー原理主義にそぐわない現代ヒーローを粛正することだったのだ。
なるほど確かに、無償奉仕こそ超常黎明期のヒーローの根本精神だったが、今は資格制となり金銭的報酬も入るようになった。
だが今は時代が違う。黎明期よりも秩序は復活したし、ヒーローは個性の制限される警察に代わって暴力装置の一部としての機能を持っている。
警察にしろ軍隊にしろ、賃金報酬によって初めて常備が可能な安定性を持つに至ったのは人類の歴史が証明するところだ。現代ヒーローは確かに無償の奉仕をする者ではないが、しかし社会には安定的に治安維持の公権力を行使する者がいるという制度的安心感を与えている。
それこそが、人々の自然状態から脱した秩序的行動を可能にしているのである。
社会に安心があって初めて人々は秩序と規律を守るのだ。力なき正義に価値など生まれ得ない。
「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの言うことに耳を貸すな」
「いや、言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など…ない。それでも、折れるわけにはいかない。俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう!」
「論外」
ぎろりと睨むヒーロー殺しに、焦凍は咄嗟に炎を思い切りぶつける。ヒーロー殺しはビルの壁面に飛び乗って避けたが、その表情と動きには焦りが見えた。
もうすぐプロの応援が駆け付ける、それまでに始末をつけたいのだろう。
「轟君!温度の調整は可能なのか!?」
「左はまだ慣れねぇ、なんでだ!?」
「俺の足を凍らせてくれ、排気塔は塞がずにな!」
何やら飯田と焦凍が話しているその向こう、焦凍の注意が飯田に向いた途端、ヒーロー殺しが数本のナイフを放った。もうこれ以上焦凍に血を流させたくないし、それは飯田にもだ。ただ、それだけだった。
灯水は考えるよりも先に飛び出し、2人の前に立って氷壁を立ち上げる。だが焦凍の炎によって不完全だったそれはナイフを防ぎきれず、ナイフは灯水の右の上腕と左足の太ももに突き刺さった。
「うぐぅ…っ!!」
途端、燃え上がるような痛みとともに目にチカチカとした光が走る。何十本もの針が腕の内側を引き裂いているようであり、太ももは引き攣るような痛みと熱が集まる。特に太ももに刺さったナイフはかなり深くまで刺さっていた。
「灯水!!!」
「いいからなんかやるなら早くしろ!!!」
痛みのあまり乱暴に怒鳴りながら、また投擲されたナイフに向かう。個性による氷壁は間に合わない。
右手でナイフを受け止めようと腕の痛みを堪えて手を伸ばし、手の平から超臨界水を噴き出した。さすがに一瞬で解けるわけではないため、ナイフは若干灯水の手に刺さり鋭く焼けつくような痛みが走る。だがそれ以上刺さることはなく、刺さったナイフは完全に焼失した。
「灯水っ、!!」
「灯水君!!!」
「早くッ!!!!」
右手の平と上腕から血を流しつつ叫ぶ。ヒーロー殺しはとどめを刺そうとこちらに飛んでくる。背後からは凍結するパキ、という音が聞こえた。
その直後、飯田が物凄い勢いで飛び出していき、さらに奥からは個性が解けた緑谷も飛び出した。
そして、緑谷の渾身の拳が頬を、飯田の蹴りが胴体を同時に穿ち、ヒーロー殺しは血を吐いて地面にビルに叩きつけられた。