迷い:保須事件−11


しかしグラントリノの怒声も意味なく、あたりに羽による風圧が吹き付けたと思うと、近くにいた緑谷が浮き上がる。
翼の生えた脳無が、緑谷を掴んで舞い上がったのである。顔の左側半分を潰されたのか、血が飛び散って辺りに落ちた。


「緑谷君!!」


飯田が叫ぶ。しかし、すぐに高いところへ飛び上がった脳無は簡単に追いつけない。5人はそもそも脳無と相性が悪くて送られて来た者たちだし、灯水たちもケガしていて動けない。グラントリノが動き出そうとしたが、そのとき。

縄を抜けたヒーロー殺しが、女性ヒーローの頬についた脳無の血を舐めとった。途端に脳無の動きが止まって地上に落下する。


「偽物が蔓延るこの社会も…いたずらに力を振りまく犯罪者も…粛正対象だ」


ヒーロー殺しは一瞬で脳無の上に移動すると、その頭を隠し持っていたナイフでかち割って地面に落とす。同時に緑谷も支えて着地した。


「すべては正しき社会のために」


ヒーロー殺しの動きに呆気にとられたヒーローたちも、慌てて戦闘態勢を取ろうとしたが、そこへ大きな声が轟く。


「なぜ一塊になって突っ立っている!?そっちに1人逃げたはずだが!?」

「エンデヴァーさん!?」


通りにやって来たのは炎司だった。驚くヒーローたちにすでに敵は倒したことを伝えると、炎司はヒーロー殺しを捉える。


「あの男はまさかの…ヒーロー殺し!!」


炎司は一気に炎を猛らせ、ヒーロー殺しに向かおうとする。その瞬間に殺気がヒーロー殺しから立ち上がり、グラントリノが咄嗟に「待て轟!」と制した。


「偽物……」


その直後、ヒーロー殺しの殺気は肌で感じられるほどに強く広がり、全員が気圧された。まるで動けなくなる個性が発動しているかように。灯水を支える焦凍の肩もこわばり、全身から冷や汗が噴き出す。


「正さねば…誰かが血に染まらなねば…!ヒーローを取り戻さねば!!」


ヒーロー殺しのあまりの殺気と威圧感に、炎司ですら押されて立ち止まる。ヒーロー殺しは腹から絞り出すように、まさに命を削るかのように叫ぶ。


「来い、来てみろ偽物ども!!俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ!!!」


そして訪れる静寂。ヒーロー殺しは、気を失っていた。その魂の気迫は、いつまでもびりびりと心臓を震わせるようだった。



***



一夜明け、3人は保須総合病院の病室でベッドの上に座っていた。窓側に飯田と焦凍のベッドがあり、飯田の隣に灯水、焦凍の隣に緑谷がいる。他に患者はいない。


「冷静に考えると…すごいことしちゃったね」

「そうだな」


向かいの緑谷は沈黙の中ぽつりと言った。焦凍はそれに静かに返す。緑谷は左足と右手に包帯を、焦凍は左腕に包帯をしている。
飯田は上半身が全体的に包帯に覆われており、左右の腕は首から支えられている。
灯水は右腕の上腕部と手のひら、そして左足の太ももに包帯がある。個性を用いた医療によって大方治ってきているところだ。焦凍と同じくらいで退院できると聞いている。
焦凍を覗き、他は怪我が広範囲にわたるため患者服が浴衣のようなタイプになっており、焦凍だけが上下に分かれたタイプのものだった。


「あんな最後見せられたら、生きてるのが奇跡だって思っちゃうね。僕の足…これたぶん、殺そうと思えば殺せたんだと思う」

「それだけじゃないよ、あいつは何度も俺らを全滅させる機会があったと思う」

「あぁ、俺らはあからさまに生かされた。あんだけ殺意向けられてなお立ち向かったお前はすげえよ。救けにきたつもりが逆に救けられた。わりぃな」

「いや、違うさ。俺は……」


と、そこへ、病室の引き戸が静かに開き、3人の人物が中に入って来た。


「おお、起きてるな怪我人ども!」

「グラントリノ!」

「マニュアルさん!」


まず入って来たのはグラントリノと、飯田の職場体験先であるヒーロー・マニュアル。グラントリノは緑谷に「グチグチ言いたいが…」と言いつつ、背後の大男を指す。


「その前に来客だぜ。保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」


男は頭が犬の頭をしており、しかもわりとがっつり犬の頭だった。署長ということで立ち上がろうとしたが、面構は緑谷と灯水を制止する。


「かけたままで結構だワン。君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」


ある意味では見た目的にまったく自然な口調で、静かに面構が話し始める。


「ヒーロー殺しだが…火傷に骨折となかなかの重傷で、現在治療中だワン」


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