迷い:期末試験−5


筆記試験を翌日に控えた夜。
灯水は焦凍と同じ寝室で机に向かっていた。四角いローテーブルを置いて、そこに向かい合うように勉強するのはかれこれ数年続いているスタイルだ。
もともと、小学生高学年ごろに部屋を別々にすることを冬美に提案されたのだが、焦凍が嫌がって、灯水も特にこだわりもなかったため同じ部屋を使い続けている。そのため、家にいるときは常に2人とも一緒にいた。
勉強するときもこうして同じ机に向かっているため、これが同じ点数を取る一因だろうか、とも思うのだが、答えは見えないままである。


「灯水、なんでこの「む」は婉曲なんだ」

「文中の連体形は婉曲か仮定でしょ、その場合は体言が省略されてるタイプ。体言を伴う「む」は基本婉曲だよ」

「そこが分かんねぇ。なんで婉曲なんだ」

「〜のような○○って感じ。現代語にすると〜的な○○っていう感覚だと思うよ」

「なるほどな、サンキュ」


たまにそうやって分からないところを互いに聞きながら黙々と勉強すれば、いつの間にか何時間も経っていることが多い。今回もかれこれ4時間は机に向かっている。


「…わり、灯水、電話していいか」

「?いいけど、どうしたの」

「緑谷からだ。ちょうどあいつに生物聞きたかったから」

「そっか」


焦凍は律儀に断りを入れてくれたが、そもそも勉強中に電話をすること自体珍しい。というか初めてのことだ。どうやら緑谷も聞きたいことがあったらしく、焦凍がまず答えてから生物の内容を聞いていた。
灯水は文系だから理系科目は確かに不得意だが、基本はできる。緑谷の方が順位は上だからそう強くは言えないが、何となく昼間に感じたようなことをまた感じる。
無表情ではあるが心なしか楽しそうな焦凍。焦凍が離れていくような、あの感じだ。路地裏での一件で緑谷、飯田と距離が近づいたのはいいことだが、灯水は複雑な気持ちになっていた。自分で自分が面倒くさくて嫌になる。

電話を終えた焦凍は、時計を見て「お」と声を出す。


「そろそろ寝た方がいいな。大丈夫か?」

「うん、問題ないよ。やりたいとこ終わったし」

「よし、じゃあ寝るか」


2人はテーブルを壁に立てかけて布団を敷くと、窓を開けて換気してから寝る用意をする。時刻は夜の12時過ぎ、いつもの就寝時間だ。スマホを充電し、隣あう布団にそれぞれ横たわった。


「おやすみ」

「おやすみ〜」


明かりを焦凍が消して部屋は真っ暗闇になる。互いに豆電球はつけない派だ。スマホの充電中の赤い光をぼう、と眺めていると、さきほど感じた気持ちがぶり返してくる。最近あの感じを覚えることが多かったからか、収まりが悪くなっていた。

焦凍は前に進み始めたのだ、灯水もいい加減自分のことに整理をつけなければならないと思うのだが、いかんせん灯水は人生のすべてを焦凍のために費やしてきた。一度になくしてしまったものが大きすぎたのだ。


「…なぁ、灯水」

「…なに?」


すると焦凍が暗闇の中話しかけてきた。横になるとすぐ寝るタイプの焦凍が起きているのは珍しい。


「お前さ、やっぱなんか悩んでることあるだろ」

「……どうしたの、急に」


そして聞いてきたのはずばり直球なことだった。動揺を声に出さなっただけ褒められたものだと思うが、やはり焦凍だけはA組の他の生徒たちと違って欺けなかった。


「最近、思いつめた顔してる。この前の救助訓練レースだって、あんなミスお前にありえねぇし。いつもはお前の考えてることぐれぇ分かるけど、今は分からねぇんだ。中学と違って周りのA組のヤツらはいいヤツだし」


恐らく、焦凍は灯水が悩んでいることに気づきながらもその理由に思い至れなかったのだろう。中学の浅い人間関係の中で面倒に思っていたことはあったが、それがA組で当てはまると思っていないため、余計分からないのだ。


「…悩みじゃないよ、ちょっと、疲れちゃっただけ」

「………そうか」


焦凍は納得したわけではなさそうだったが、それ以上の追求をやめた。灯水が言うつもりないと分かっているのだろう。
灯水はこんなことを焦凍に言うつもりは毛頭ない。焦凍にはこのまま、周りに溶け込んで、人と関わって、明るい未来を描いて欲しいのだ。いつまでも取り残されるのは、灯水だけでいい。焦凍はこのまま進んでいってくれればいい。


「…焦凍、そっち行っていい?」

「灯水がそう言うとか珍しいな。全然かまわねぇよ」

「ありがと」


ただ、少しだけ、少しだけ側にいさせてほしい。
灯水は隣の焦凍の布団に潜り込むと、温かい焦凍の引き締まった体にすり寄る。焦凍は灯水を抱きよせて、後頭部を撫でてくれた。目の前の肩に目元を押し付ける。

目元にこみ上げてくるものはあったが、それは必至に押しとどめた。焦凍にバレたら心配させてしまう。この温もりを、今少しだけ、感じさせてもらえるだけでよかった。


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