迷い:期末試験−8


八百万は一瞬、何か言おうとしたが、やはりやめて、マトリョーシカのいくつかをベルトに挟み込んだ。道にはいくつものマトリョーシカが転がっていて、これはこれで目立ってバレそうだと思った。


「…何か出せっつったがお前なんだそれ」

「ロシアの人形マトリョーシカですわ」

「そうか、とりあえず個性に異変があったらすぐ言ってくれ」


少し広めの単線道路に出ると、警戒しながらゆっくりと進む。焦凍も氷を出して個性が使えることを確認すると、八百万は意を決したように口を開いた。


「…さすがですわね、お二人とも」

「何が」

「…?」


後ろの灯水も八百万が何を言い出したのかと意識を向ける。灯水の手も氷を纏えたので個性は大丈夫だ。


「相澤先生への対策をすぐ打ち出すこともそうですが…ベストを即決できる判断力です」

「普通だろ」

「普通…ですか…」


個性を使いながら走って相澤の接近を警戒することや、ラジコンによる攪乱を指すのだろう。焦凍は特別なことでないように言うが、八百万は顔を俯かせた。最近彼女が悩んでいることに触れるような気がして、灯水は思わず黙ってしまった。


「雄英の推薦入学者…お二人とスタートは同じはずでしたのに…私の方は特筆すべき結果を何一つ残せていません。騎馬戦は轟さんの指示下についただけ、本戦では常闇さんになすすべなく敗退したのに、灯水さんは常闇さんに圧勝でした」


圧勝というほどでもなかったのだが、そこは本題ではない。八百万の悩みは、これまで目立った功績を上げられていないことだった。それは焦りというよりも、もはや自信の喪失となってしまっている。
進歩がないという自覚があったから、救助訓練レースで灯水と爆豪の会話に引っかかりを覚えたのだろう。

ふと、八百万のマトリョーシカが出ていないことに気づいた。そして、灯水の氷も出せない。


「っ、しまった…!」


灯水はすぐにベルトの手榴弾を近くに叩きつけた。途端に蒸気が辺りに広がり、2人の驚いた声が聞こえる。白くて何も見えない中に呼びかける。


「八百万さんのマトリョーシカも俺の氷も出なかった!近くにいる!」

「咄嗟の判断偉いな、ただそこまでできたらすぐ逃げろ」


相澤の声がした直後、捕縛紐が鞭のように波打って蒸気を拡散する。その一瞬で3人が相澤の視界に入ってしまった。


「ちっ…!」


焦凍は攻撃モーションに入った。作戦通りにするべきだし、今の状況は。


「この場合回避優先すべきだ、先手取られたんだから」


相澤の言う通り、こちらが後手に回らざるを得ない。灯水は八百万の手を引いて走り出す。すぐに路地に八百万を進ませると、小声で「行って!」と促した。
灯水は蒸気で別の方向に飛び出して、ついでに発煙筒も後ろに向けて噴き出す。これによって相澤に視認されないようにするのだ。

しかし、発煙筒の蒸気が切れた瞬間、相澤に見られ個性が止まった。足から出ていた蒸気が出なくなり、灯水は地面へと落下する。これを見こして低い位置にいたとはいえ、それなりに強く落ちて痛みが走る。
それを我慢して何とか立ち上がり振り返ると、相澤がゴーグルをしてこちらに向かって来ていた。


「2人そろって女の子逃がしたのか?」

「女の子?ヒーローに男女なんてないですよね。八百万さんは冷静にさえなってくれればすぐ単独でも突破できるはずなんです、自信さえ…」

「お前が取り戻させてやればよかっただろ」

「なんか考えてそうだったの指摘したら何でもないって言われて…」

「…悪かった」


同情するなら見逃してくれという感じだ。立ち上がったときに手を腰の近くに当てているから、このまますぐに手榴弾を手に取れば蒸気の噴出は間にあう。問題は、直後に相澤の捕縛紐に囚われることだろう。


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