林間合宿と動揺−4
夕食後、入浴時間となった。
いただきますからごちそうさままで一言も発さなかった灯水は、食べ終わってからようやく「いやー疲れたね」とまともな言葉を口にした。そのくだりはもう終わったと焦凍に冷静に言われたが、幸福感に包まれた灯水にはさしたることではなかった。
やっとまともな精神状態になってから、灯水は焦凍と風呂場へ向かう。時間差はあれど、概ね皆同じ時間に脱衣所へ入るが、灯水たちは一足早かったようだ。体を洗って露天風呂に浸かると、遅れてシャワーを浴びる男子たちのやかましい声が響き始めた。
早々に焦凍は湯舟から出て縁石に腰かける。その隣でお湯に浸かる灯水は長風呂派のため、肩まで浸かって「あー」と変な声を上げた。
すぐ右側に焦凍の逞しい足があり、膝に頭を乗せると、いたずらのようにたまにお湯を打ってお湯が揺れる。それくらいはまったく問題ないのだが、おもむろに飛び込んできた上鳴には殺意が沸いた。
「ひゃっほーい!」
「わっ、」
「あ、わりい灯水!」
表面上は別にいいと手を上げて返すが、もっと静かにできないのかと内心では思っている。
やがて他にもわらわらと入ってくると、灯水も全力のリラックスモードから余所行きの顔に戻った。
見ていると、腰にタオルを巻いている者もいれば豪快に出している者もいて、そんなところにも個性があって面白い。焦凍はタオルを腰に被せて縁石に座っていた。
すると、峰田が壁の前に立って1人呟き始める。
「まぁまぁ飯とかはね、ぶっちゃけどうでもいいんすよ…求められてんのってそこじゃないんすよ、そこらへん分かってるんすよオイラぁ…求められてるのはこの壁の向こうなんすよ…」
「一人で何言ってんの峰田君」
緑谷が呆れたように言うと、切島など近くの男子の目もそちらに向く。焦凍と灯水も峰田の方を見ると、峰田は壁に耳を当てる。
「ほら…いるんすよ…今日日、男女の入浴時間ずらなさないなんて、事故…そう、もうこれは事故なんすよ…」
そんな峰田に緑谷や切島は顔を赤くする一方、飯田は委員長として注意する。
「峰田君やめたまえ!君のしていることは己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」
「やかましいんすよ…」
峰田はそういうと、もぎもぎによって素早く壁を上り始めた。まさか超える気だろうか。あからさますぎる暴挙に男子はざわつく。
しかし峰田は上った先に待ち構えていた洸汰によって突き通された。どうやら手を打たれていたらしい。
その洸汰も女子風呂をつい振り反ってしまい、動揺して落下したところを緑谷に助けられていたが。
***
入浴時間終了後、男子たちは戻って布団を敷く。スマホのコンセントを巡って混乱するも、上鳴が個性を使って何人かのスマホをその場で急速充電し解決していた。
疲れ果てていた灯水はもう布団に横になってしまえばそれ以上抗えず、早々に意識を手放した。
一方で焦凍はその横で眠りに落ちた灯水を見届けたあと、自身も寝ようとして上鳴に止められた。
「なぁなぁ轟!」
「なんだ?」
「お前気になるヤツとかいねーの?クラス1のイケメン様のタイプが知りたいよ俺は!」
「お、恋バナか」
切島もにやにやとして加わる。緑谷も気になるのかワクワクとしたように見ていた。他にも気にされているようで、瀬呂や砂藤も「ゲロっちまえ」とはやし立てる。
「気になる女子ってことか」
「そうそう!やっぱヤオモモか?かあいいし頭いいし!」
「いや…あいつはいいヤツだとは思うけど、それだけだ」
「じゃあ誰!!タイプでもいい!」
焦凍は少し悩む。思いのほかちゃんと考えている焦凍に男子たちも興味津々だ。てっきり「いねぇ」で速攻終わると思ったからだ。
「…そこらへんの女より、灯水のが可愛くねぇか?」
「…ん?」
「変に知らねぇ女と付き合うより、灯水の方がいい」
「おっと上鳴さんこれは手に負えない」
焦凍の爆弾発言にざわつく男子。上鳴は突っ込んではいけない気がした。先ほども、風呂場で焦凍の膝に頭を乗せる灯水を見て、その甘い雰囲気と焦凍の「愛しいです」オーラに目を当てられなくて飛び込んだのだ。
「まぁ灯水は可愛いとこあるよな、分かる分かる。よしこの話終わろう」
「あ?分かんのか、ふざけんな」
「おっと」
適当に終わろうとしたら面倒な導火線に触れそうになって、上鳴は切島に見捨てられつつ平謝りして布団に戻ったのだった。