夢主と考える国際経済シリーズ
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そして、1965年に決定的な挫折を6カ国は経験する。
「ヴぇ、そろそろEECで農業のこともやろうよ〜」
「俺は賛成だ」
「えー!?お兄さん絶対やだー!やだやだやだぁ〜!!」
農業に関する自由化を検討しようとしたところ、フランスが駄々をコネだしたのだ。そうして、フランスは欧州諸共同体の理事会すべてを欠席。多数決で決められるものの、それで決定してフランスに強制させるのは世論に良くない。
こうして、すべての会議が中断する空席危機(empty chair crisis)が起きた。これを何とかするため、全会一致などを盛り込んだルクセンブルクの妥協(Luxembourg compromise)を結び、一応の解決をみたが、これ以降全会一致による結論の見送りが後を絶たなくなる。
この頃から日本の経済的成功が世界を席巻し、アルレシアの復興も西欧を圧迫し、植民地解放に関わる紛争や中東戦争など西欧は他のことに気をとられるようにもなっていた。統合への道のりは遠退く一方だったのだ。
しかし1967年、ブリュッセル合併条約によってECSC、EEC、EURATOMが欧州諸共同体として正式に統合され、委員会はEECのものに欧州委員会(European Commission)としてまとめられ、理事会は欧州諸共同体理事会(Council of the European Communities)として合併された。1974年には加盟国の首脳による会議が定例化し、再び統合の機運が高まった。
そして1987年、欧州単一議定書(Single European Act)が制定された。加盟国の首脳会議を欧州理事会(European Council)として正式化し、欧州諸共同体理事会の立法府機能、欧州委員会の行政府機能を明確化し、単一市場設立を確定した。ルクセンブルクの妥協も終わらせ、重要なテーマに関しては特定多数決(QMV)を採用。加盟国の55%の賛成と、その人口が65%を越していること、2つの多数を取る必要があることから二重多数決とも呼ばれる。
この頃にはイギリスやデンマーク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガルも加盟している。イギリスは英国病を克服しつつあり、イベリアはカーネーション革命によって民主化していた。
そしてついに、1993年。マーストリヒト条約によって、欧州連合(EU)が成立した。EECは欧州共同体(European Community)に改称し、ECSC、EURATOM、欧州議会、欧州委員会を包括。欧州諸共同体理事会は欧州連合理事会(Council of the EU)に改称して欧州共同体に加わった。この欧州共同体を"第1の柱"とする。第2の柱は共通外交・共通政策(CFSP)、第3の柱は司法・内政協力(JHA)となった。この3本の柱をEUは主軸としていた。
1999年のアムステルダム条約でJHAが警察・刑事司法協力(PJCC)に改称し、2003年ニース条約でECSCは解散してECに組み込まれた。そして2009年リスボン条約においてECの法人格はEUに移行し、3つの柱は消滅、EURATOMが独立した。
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「いや、ワケわかんねえよ」
アルレシアはドイツと国交回復後、EUに加盟するよう求められ、その説明をドイツから受けていた。
「欧州ナントカっての多すぎだし、European communitiesとEuropean community全然違うし、EU成立してからどうした!?って感じだし」
「立法府が欧州連合理事会、行政府が欧州委員会だ。欧州議会は法の通過と予算の承認を行うところで、欧州理事会は権限をもたない推進力だ」
「なんで欧州連合理事会が立法府?欧州議会が国会の役割なんじゃねえの」
「欧州連合理事会は、欧州委員会から新たな法の提案を受けてから、それを立法するため集められる。各国の関係大臣が代表として召集される」
「農業だったら農林大臣とかって感じか」
「そうだ。だから決まったメンバーはいない。そのため、欧州閣僚理事会と呼ぶことも多い。各大臣は全権を委任され、閣僚理事会で決まったことはそのまま国内法に適応されるため、非常に重い責任を持つんだ」
「たった一人に国政決められるとか、国民は納得すんの?」
「各大臣は当然選挙によって国民が選出する。それに、議長は半年でローテーションするから各国が議題調整にコミットできるし、常駐代表理事会が先駆けて専門的な利害調整を行うから公平性や民主制は保たれている」
欧州連合理事会、または欧州閣僚理事会はEUにおいて最も強い権限をもつ。事実上の最高議決機関である。特に経済・金融については世界が常に注目するため、ECOFINという略称がついている。また、外交と安全保障は委員会や議会の指図を受けない。