夢主と考える国際経済シリーズ
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このユーロ圏でのソブリン危機、通称ユーロ危機は5月にアメリカと日本に飛び火し、リーマンショック後のまだまだ脆弱な両国の経済を簡単に揺るがした。
しかしあくまでこれはリスクが高まって発生したものであって、実際に破綻したわけではない。だというのに、事態はさらに悪化した。


6月頭、新たな火種の登場である。


「ご、ごめんなさい!私もほんとは、借金がGDPの3.8%じゃなくて7%以上だったの…!」

「わり、俺も1.9%じゃなくて3.7%だったんだわ!」


ギリシャ同様、政権交代したハンガリーとブルガリアでも粉飾決算が発覚したのだ。ブルガリアはまだ何とかなるとして、問題はハンガリーである。

このとき、ハンガリーはユーロ加盟に向けて自国通貨フォリントをユーロペッグしていた。ユーロを導入するため、フォリントをユーロと連動させて固定することだ。もちろん、変動相場制で通貨を固定するためには市場に介入し続ける必要がある。
ハンガリーの場合、ユーロとの価格差を維持するために、フォリントが下落したら手元のスイスフランを売ってフォリントを買うことでフォリントを高くすることになっていた。

しかしこの粉飾決算が明るみに出たことでフォリントの信用がなくなり、フォリントはハンガリーの手元のスイスフラン量を上回る勢いで売られた。その結果、ハンガリーは通貨を維持できず、フォリントは暴落した。
これに困ったのが中東欧諸国だ。


「我輩の外貨準備高はすでに50%、GDP比25%分の増加である…これでは輸出企業が息ができん…」


フォリントやユーロの下落によって、スイスフランがその分買われた。そのため、スイスフラン高になりスイスの輸出企業が大打撃を受けていた。こうしてスイスは2013年ショックに向けてのアップを開始することになる。


「デフォルトになれば私も大変なことになりますね…」

「ごめんなさい!オーストリアさん!」


二重帝国のよしみ、というわけではないが、オーストリアはハンガリーに対して、なんと国家予算の1割に達する370億ユーロもの融資を行っていた。ハンガリーのデフォルトはオーストリアを破綻させかねない。
ドイツとともに比較的EUのために支出を惜しまないオーストリアの危機は、EUにとっても懸念だった。


「オーストリアさんが倒れたら私は終わりですわ…!」

「おいらもやっばいなぁ〜、オーストリア頑張れ!」


そして、オーストリアが100億ユーロを融資するチェコとルーマニアもまた、その場合の打撃を食らうことになる。
粉飾決算がバレたブルガリアも合わせて、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアはEUの劣等生に位置付けられた。

こうしたユーロ危機の深刻化によって、7月にはダウ平均9600ドル代、日経平均9100円代、1ドル86円の円高と日本とアメリカへの悪影響も看過できないものとなってきていた。

そんな状態は変わらずに、2010年は終わった。
そして2011年になって3ヶ月。世界に 激震が、それも物理的にも走った。



***



2011年3月11日。
世界中の報道機関がトップで報じたその画面には、宮城県名取市の田畑を真っ黒な波が進んでいく、石巻市の堤防を黒い泥水が乗り越える、そんなあまりにも恐ろしい光景が映し出されていた。

日本の国土の3分の1が被災した空前絶後の大災害、東日本大震災である。

地震、津波、そして最悪の原発事故。
首都東京の面積に相等するような広さの領域が、人の住めない土地となった。

本来、これほどの災害が起きた国の通貨は暴落する。
だが、日本にはある特徴があった。
それは、災害からの復興が迅速に済ませられる技術力に起因した、建設株への投資とそれによる円高である。
さらには、かつて第二次世界大戦で国富の4分の1を失い、全土が焼け野原となった日本が、世界第三位の経済大国にのしあがったポテンシャルを持つ国だと世界が知っていた。
そして、冷静さを失わない秩序ある被災地に、日本社会の底力を見せ付けられた。

そういったことが、ギリシャ危機に喘ぐEUやアメリカからの投資の逃げ先としての円の価値を保たせてしまったのである。

その結果、日本は円高による輸出企業の低迷、そして25兆円の震災による損失とメルトダウンした福島第一原発を抱えていながら、円高が止まらないということになった。
円高によりますます輸出は落ち込み、ユーロ危機により円への避難は続き、原発から駄々漏れる放射性物質が首都圏3000万人の疎開を官邸に考えさせた。


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