夢主のお悩み相談シリーズ
−″死″を知る/普



●1786年

相談者:プロイセン



1786年の8月、冬に向けた備蓄に忙しくなり始めるこの時期、アルレシアはフランスから手紙を受け取った。
3年前にアイスランドのラキ山が噴火を起こしてからというもの、ここのところ冬は厳しい寒さと飢饉に悩まされた。ようやく今年は噴火前の水準に戻り冬は越せそうだと安堵していたところだった。


『アルレシアへ。俺の悪友ことプロイセンが、結構やばめ。理由は分かってると思う。多分、アルレシアじゃないと慰めらんないから頼むよ。追伸、来年のワインは期待していいよ。フランスより愛を籠めて』

「この報酬は高くつくぞ?フランス」


手紙にさっと目を通し、そう呟く。来年に初売りされるワインの価格帯を予想してのことだ。
さて、頼まれたからには行かねばならない。じめじめとしているだろう銀髪を頭に描いて、少しお高いワインを持って出掛ける。ポケットにはもちろん、請求書が入っていた。



***



ブランデンブルク選帝侯領、サンスーシ宮殿。
いつ見ても美しいロココ式の王宮は、まさに喪に服していた。道行く貴族たちは皆、黒い服に身を包んでいるし、街も黒い布が目についた。国全体に、沈痛な空気が流れている。

8月17日、フリッツ親父ことフリードリヒ2世が崩御した。70代まで生きたとは驚きだ。

プロイセンとて、13世紀に生まれてから今に至るまで多くの死を見てきた。死を知らない子供ではない。
だが、永きを生きる国とっては、もしかしたら存外、"死を知る"のは遅いのかもしれない、とも思う。

これは現代になってアルレシアがしみじみと感じることでもあった。
かつてフランス第五共和制の重鎮、アンドレ・マルローはこう言った。


「死体を見て『なぜ』と言ったとき、初めて人は人になるのだ」


様々な捉え方がある言葉だが、アルレシアは、これが"死"の不条理や不合理を痛感して初めて人間は人間たる存在になれるのだということだと思っている。少なくとも、たくさんの死を見てきた国だからこそ、これは真なのだと思うのだ。


「…俺は、フリッツ親父の死を、他と同じように比べらんねぇんだ」


ぽつり、と明かりの灯っていないロココ式の部屋で低い声が落ちる。窓の外は曇っていて、気分まで塞ぎこんでしまいそうで良くない。


「部下や、仲間や、上司、色んな人間の死を当たり前のように看取って、神に祈った。それなのに、フリッツ親父のこととなると、うまくいかねぇんだ」


柔らかそうなソファーに膝をたてて座るプロイセンは、迷子の子供のようだった。
その後ろに立ち、そっとその目を覆う。瞼は濡れてはいなかった。


「それが、"死"なんだよ、プロイセン。感情もなく、戦争の犠牲者を数えるのとは訳が違う」

「そんな不公平でいいのか。俺たちが、それでいいのか」



騎士団出身だけあって自分に厳しいプロイセンは、そんな自身の中の不平等が許せないようだった。ポーランドやオーストリアの配下でなくなり、国としての自覚が増したこともあるだろう。


「そんなお前を、民は何とも思わないよ。彼らは、俺らが思ってるよりもずっと、自分の世界を生きてる。お前の生き方なんざ見てねえよ」


反対の手で頭を抱き抱えると、後ろからプロイセンを背もたれ越しに抱き締めた。


「だから、お前もお前自身の気持ちが優先される世界を見てていいんだ」

「…っ、お前、ほんと…」


じわりと指が濡れる。それには気付かない振りをして、アルレシアはワインのボトルをテーブルに置いてやった。


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