メクレンブルクと中欧史
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隣で湖を眺める昔馴染みの横顔を、ギルベルトは何とはなしに見つめる。

レイスはメクレンブルクという地の特徴をよく反映した見た目をしている。昔から後進的な農業地域だったため、どこかのんびりとした長閑なところがある。真面目だと言われるドイツ人にしては、かなりゆるいと言える。最近はリゾート化したためにそれが顕著だ。
また、大半の地域が国立公園となっている。太古からの原生林などが残る国立公園には、中欧の自然がありのまま残っていた。多くの湖や河川が存在し、バルト海には離島も多く領有する。そんな豊かな自然を反映して、素朴な雰囲気も持っているように思える。


「…俺さ、会議とかで兄弟の集り参加するの、嫌なんだよね」

「…なんだよ、急に」


そんなレイスのゆったりとした性格を考えていたら、イメージに違わないゆっくりとした口調で切り出した。そのわりに、出てきた言葉ははっきりとしている。
こう見えて、昔から我が強いのだ。


「お前、ずっと前から他のやつらとあんまつるまなかったじゃん」

「そうだよ。理由は同じ」

「…血ぃ繋がってねぇから?」

「そっ」


メクレンブルクは、ドイツ国内で唯一スラヴ系に端を発する。長い歴史の中でほとんどゲルマン系と同化したものの、レイス自身もどちらかといえばスラヴ系寄りの姿をしている。
目つきはギルベルトやルートヴィッヒのようにきつい眦ではなく、チェコやスロバキアのような柔らかなものだ。色素も全体的に薄く、髪色もギルベルトとルートヴィッヒの中間のような、銀髪寄りの色をしている。
瞳もギルベルトの深紅やルートヴィッヒの青のようにはっきりとしておらず、薄い水色だ。

しかしギルベルトは、その薄い瞳が好きだった。シュヴェリーンの湖を彷彿とさせる、透き通る泉のような水色なのだ。薄い、というより澄んでいる、と言った方がいいだろう。色こそ薄くても、その瞳は深さを湛えている。


「まっ、ひとりを楽しむことについては俺様の右に出るものはいねえし?お前のサボりに付き合ってやらんでもない」

「…あっそ」


レイスは、民族も文化も少し異なるドイツという枠組にいることが、億劫なようだった。昔からそうやって一人になってきたところは、ギルベルトと似ている。だからだろうか、ずっと、どこかレイスには惹かれるのだ。



***



レイスに付き合って側にいてくれるギルベルトに、内心感謝していた。弟のルートヴィッヒの方が力関係的には上だから、無理矢理にでも会議に連れていかれかねなかった。それでもギルベルトは、そうしないでいてくれた。

先程は会議に出たくない理由を血筋と言ったが、実はそれだけではない。大幅に減ってしまった兄弟たちを見るのが、寂しかったのだ。

かつてこの地には、300を越える領邦が神聖ローマ帝国として緩く連合していた。やがて主権を持ち、時代が進むにつれ消えていく者たちもいた。それでも、大戦期までは会議には30人以上いたのだ。
確かに毛色が違うのに兄弟の中にいるのは嫌だったし、事実ずっと独立を保ってきた。しかし、何だかんだワイワイとやるのも楽しかった。

それが今では、正式な会議には16人しかいない。いずれも州だが、現在の州の名前で呼ぶことはほとんどなかった。
たとえばシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は、代表として会議に来るのはシュレスヴィヒなのでその名前で呼ぶ。ホルシュタインは会議には参加しないが、シュレスヴィヒの家にいるからだ。ちなみに、ドイツでは領域を持たないギルベルトがルートヴィッヒの家にいるだけで、各州は昔からの自宅に住んでいる。
ニーダーザクセン州は、前身がハノーファー王国なのでハノーファーと呼ぶ。さらに昔はブラウンシュヴァイク=リューネブルクが正式な名前だったが、長すぎて皆首都があったハノーファーと呼んでいた。ハノーファーの家には昔たくさんの国たちが住んでいたのだが、今はハノーファーの直接の弟であるブラウンシュヴァイクとオルデンブルクの3人暮らしである。

このように、統合や分割の中で一貫して存立できた者だけが現在も残っており、レイスの家で言えばフォアポンメルンとロストックだけである。
本当は、冷戦終結まではもう一人いた。それは、レイスにとっては直接の弟である。

歴史的に分割相続が多かったメクレンブルクでは、中心都市シュヴェリーンを擁するレイスがメクレンブルク=シュヴェリーンとして謂わば長男だった。他にも弟はシュタルガルトやギュストローなどがいたが、1番長く弟として存続していたのはメクレンブルク=シュトレーリッツだった。

冷戦期にはレイスはシュヴェリーン県と呼ばれ、シュトレーリッツはノイブランデンブルク県と呼ばれた。
しかし、壁が崩壊するとともに再編が行われ、シュトレーリッツはもはや存在できなくなった。そして、統一とともに、消失した。

たとえ周りの国に溶け込めずに孤独な独立を貫いていても、傍らにはシュトレーリッツがいた。東ドイツ時代もともに耐え抜いた。それができたのも、一緒にいたからだ。
そんな存在がいなくなり、いよいよレイスは本当に一人になってしまった。ドイツの統一は素晴らしいことなのに、喪失感を感じていたのだ。

そして現在、次に消えてしまうかもしれないのは、ギルベルトだった。かつて東プロイセンと呼ばれた地は、南がポーランドに併合され、北がロシアとなっている。東西が統一された今、ギルベルトはもはや領域を持たない。

隣でレイスとともに風を受けるこのふてぶてしい男は、冷戦期からずっと側にいてくれていた。特に、統一後はずっと。
シュトレーリッツに続いてギルベルトまでいなくなれば、もうレイスの側には誰もいなくなってしまうだろう。

会議に出るのが嫌なのは、そうした現実をわざわざと見せ付けられるからでもあった。


「……ギル、」

「んー?」

「寒い」

「…自分の湖だろーが」

「…寒いんだ、ギル」


もし消えてしまったら、なんて妄想でしかないのかもしれないが、心が寒々しく感じられてしまった。体感的な意味ではなく、寒い、と言ったが、当然ギルベルトには伝わっていないはずだ。
しかし、ギルベルトは着ていたジャケットを脱ぐとレイスにふわりと羽織らせた。清潔な匂いが香る。そして、そのまま肩を抱き寄せられた。


「仕方ねぇな」

「っ!……あり、がと」

「…おう」


ギルベルトがどこまで察しているかは分からない。がさつそうで、実はかなり頭のいいやつだ。だがどうであったとしても、こうして温もりを与えてくれるのが、心まで温めてくれるようだった。


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