メクレンブルクと中欧史
−周りの関係性
●14世紀
プロイセン、北欧と仲良くなる
13世紀後半は、レイスはペストによって荒廃し、ドイツ騎士団はモンゴルとの戦いで損害を被った。幼いロシアがタタールのくびきに入ったところで、ギルベルトとポーランド、リトアニアとの戦いも激しさを増し、怪我をしてはレイスの家にやって来るようになった。
14世紀に入ってからもそれは変わらず、特にリトアニアとの改宗を巡る戦争は激化した。なかなかに強いリトアニアを相手に、ギルベルトはしょっちゅう怪我の手当てをさせにレイスの家に来るのである。
「…また来たの」
「来ちゃわりぃかよ」
「そこまで言ってないでしょ…ほら、そこ座って」
ぶすくれるギルベルトに、今日は負けたんだな、と察する。レイスもギルベルトも15歳くらいの見た目年齢にはなったが、ギルベルトの内面は変わっていないのではないだろうか。
「変わんないなぁ、ギルは」
「日々カッコよくなってんだろ」
「はいはい」
傷口を湖から汲んだ水で洗ってやりながらぞんざいに返す。するとさらにギルベルトは拗ねた。
「そういうお前はどーなんだよ」
「俺?あぁ…公国になるよ」
「はぁ!?マジで!?」
1348年、ついにメクレンブルクは神聖ローマ帝国における公国に昇進することになっていた。ドイツ騎士団領はかなり広くはなったが、やはりモンゴルやリトアニアとの長期にわたる戦争が疲弊させていた。
「…そーかよ」
ギルベルトは、祝うことはないと流石に分かっていたものの、思っていたよりも沈んだ声でそう言った。そして、手当ても済んでいないのに立ち上がる。
「…用事思い出した。帰る」
「え…あ、うん」
ギルベルトは剣を持つと、スタスタと歩いていってしまった。レイスは少し混乱したが、それからすぐにまたいつもの調子でギルベルトがやって来たから、特に気に止めなかった。
そして1348年、メクレンブルク公国が成立し、その後すぐにメクレンブルク=シュヴェリーンとメクレンブルク=シュタルガルトに分かれての統治が始まった。新たに増えた弟にあれやこれや教えながら生活していると、北でまた怪しげな動きが起きていた。
レイスが昇進した年、デンマークでは王位継承戦争を平定して即位したヴァルデマー4世がエストニアをギルベルトに売却した。ペストによって貴族たちが死んでいたこともあり、ヴァルデマー4世は国内の勢力を一気に統一し、1360年にスコーネ、1361年にゴトランドを領有した。
デンマークの拡張政策はハンザ同盟に危機感を募らせ、特にヴィスビューが占領されるとそれは爆発した。
「ヴィスビューはヤバいぞ!」
「あいつら邪魔しやがって!」
「せっかくだし、陸路の交易やデンマーク独自の海上交易も潰そう」
ハンザ同盟はそんなことを話し合うと、1362年、ついにデンマークに宣戦布告した。
「…俺もあんこ倒す」
「そだべか。なら、俺も行ぐ」
「商売の邪魔するモンはかやす」
このハンザ同盟の動きに対して、同じくデンマークに脅威を感じていたノルウェー、スウェーデン、オランダも協力を申し出た。
以前のようなことが起こるのを危惧したレイスも、今一度デンマークを沈めようという気になった。
そうして、メクレンブルク公国やシュレスヴィヒ、ホルシュタインなど北ドイツ領邦も参戦することになった。
「おっ、レイスも行くんなら俺様も手を貸してやるよ!」
そして、ギルベルトもハンザ同盟との結び付きから参戦を決めた。
一方ほぼ同じ頃、スウェーデンは貴族と王との恒例とも言える対立が起きていた。貴族が王室をぞんざいにするのはスウェーデンのお家芸である。
1319年にノルウェー王になっていたマグヌスは、同じ年にスウェーデン王ビルイェルが追放されたことでスウェーデン王にも迎えられた。
しかし王になったらなったで貴族の不満が溜まり、1364年、呼んでおきながら貴族はマグヌスをノルウェーに追放してしまった。まさにキャッチ&リリースである。マグヌスの息子がノルウェー王をやっていたため、この一時的な同君連合は解消され、これがきっかけでノルウェーはスウェーデンへの反感を持った。
この頃ハンザ同盟は着々とデンマーク開戦の準備を進めており、スウェーデン貴族はついでにデンマークを叩いておこうと遠縁のメクレンブルク公国に目をつけた。
「…メクレン、俺いらねぇが」
「え…え…?」
突然のことに目を白黒とさせたレイスだったが、もらえるものはもらう主義だ。
そして1364年のうちに、メクレンブルク公国とスウェーデン王国は同君連合となった。スウェーデン王アルブレクトは、次期メクレンブルク公であったことから、デンマークとの戦争にスウェーデンも引き込み、ハンザ同盟側を強固なものした。
こうしてハンザ同盟とデンマークとの戦争は、周辺諸国ほぼすべてを巻き込んでの規模に拡大していった。