メクレンブルクと中欧史
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それでギルベルトの戦闘癖が収まるかと思えばそうはならず。
1454年、プロイセン地方の都市住民や農民などの"プロイセン連合"が反乱を起こすと、ポーランドがこれに加担し、十三年戦争と呼ばれる激しい戦争に陥った。
タンネンベルクですでに潰滅状態だったドイツ騎士団はこの戦争で決定的に敗戦。
第二次トルンの和約で、東ポンメルン、クルマーラント、ヴィスワ川河口、マリーエンブルクなど西プロイセン一帯をポーランドに割譲した。さらに東プロイセンのヴァルミア司教領も割譲し、これらはまとめて王領プロイセンと呼ばれた。
残された東プロイセンの一部はドイツ騎士団領とされたが、それもポーランド王の下に拝する形となって、騎士団はポーランドに忠誠を誓うことになった。
西プロイセンのトルンにて、ギルベルトはポーランドの前に口もとを引きつらせながら跪く。玉座にふんぞり返り、ひじ掛けに頬杖をする姿が無駄に似合う。
その横には冷たい眼差しのリトアニア。
「…チッ、お前の臣下に下ることを誓う」
「ん〜、改宗目的じゃないとかマジありえんし〜。もう変なことしないでくれん?」
「無様だね、ドイツ騎士団」
意外と正論なポーランドと私怨の籠るリトアニアに、ギルベルトは二の句も継げない。このあと現代まで鋭利な言葉をぶつけてくるリトアニアである。
さらに後ろには、かつて改宗を迫ってちょっかいをかけまくったロシア、ウクライナ、ベラルーシの3きょうだい。実はタンネンベルクでも彼らにボコられた。
「ふふ、跪いてる君とは仲良くできそうだよ」
「もう変なことしちゃだめよ」
「貴様にはその姿がお似合いだ」
にっこりとするロシアに、優しく諭すウクライナ、ベラルーシは禍禍しい気を発している。ギルベルトは薄ら寒いものを感じ、こちらに対しても反抗しなかった。
くそ、なんで俺様こんな敵だらけなんだ、と内心ぼやくと、ふと周りの国たちの共通点に気づく。
全員、スラヴ系だった。思えば、ギルベルト以外の東欧地域にドイツ系はいないのだ。そう考えると、ドイツ系地域で唯一スラヴ系のレイスが思い出される。まったく逆だ。
そんなレイスに、今周りにいるやつらと同じスラヴ系の見た目なのに、無性に会いたくなってしまった。
***
ギルベルトは調印の終わったその足でメクレンブルクを訪れた。前回ほどではないが怪我をしているギルベルトに、きっと怒るだろう。でも、そのあと仕方なさそうに手当てしてくれるのだ。
その緩い笑顔が存外好きなのだな、と思ったギルベルトだったが、急に前回を思い出す。重傷のギルベルトに、珍しく動揺していたレイス。心配させないで、と弱々しく縋ってきた。そんなレイスに覚えた感情は今まで感じたことのないもので、未だになんなのか分かっていない。
考えているうちに家に着いたため、いつものように押し入る。それに気付いたレイスは、案の定、米神をひくつかせた。
「この期に及んで…!」
「わりーわりー、でもそんな大したことじゃ、」
「うるさい座れ」
「はい」
色素の薄い瞳に睨まれると怖い。さすがのギルベルトも、この最も長く付き合う友人の怒りに触れることが得策でないことくらい分かっていた。
そういえば、とちょうど手当てをするため椅子に座るギルベルトの足の間にしゃがんだレイスの目を見て思う。
その薄い瞳は何かを連想させると思っていたのだが、きっとこのシュヴェリーンの湖だ。手当てに使う水はいつも湖から汲まれたものである。色は薄いが深いその瞳が、ギルベルトは好きだった。
思えば、物に頓着しないギルベルトが好きだと感じるものは、大抵レイスに関することかもしれなかった。
その瞳が、服をたくしあげて露になる傷口を見て揺れる。まるで湖面に石を投じたようだ。まさに動揺するレイスの心を反映しているのだろう。怪我をしたのはギルベルトなのに、そうやって心を動かしてくれるのだ。
「……お前の目、綺麗だよな」
「………はっ?」
「シュヴェリーンの湖みてぇでさ」
綺麗だ、と口にした途端、さらにその類義語から、前回の縋ってきた姿に感じたことの正体もピンとくる。
言葉の意味に気付いて顔を少し赤らめて混乱する様子に確信した。
「それに、可愛い。前の心配してたときもそーだし、いまの照れてるのもそう」
「な、なな、何言って、」
「ハハ、かわいーな、レイス」
くしゃりとその柔らかな髪を撫でる。いよいよレイスは顔を赤くして、「男に言う言葉か!」と憤慨しながらも、明らかに照れていた。
そんなレイスが、改めて大事だと感じる。