メクレンブルクと中欧史
−3
ひとしきりレイスを可愛がったところで、言おうと思っていたことを思い出した。
「つかさ、俺とお前って似てね?」
「え、可愛いとか抜かしたあとにそれ言うの…?さすがにヤバイって…」
「そういうことじゃねぇわ」
先程までの愛らしさはどこへやら、引いたようなレイスの額に軽くデコピンをかます。
「いてっ…んのやろ…」
「今日思ったんだけどよー、俺の周りはスラヴ系ばっか。んで、お前の周りはドイツ系ばっか。ぼっち仲間じゃね?」
「そういう…まぁ、それはそうかも」
「だろ?でも交換したらなーんか特別感ねぇじゃん?せっかく俺とお前限定なのに」
「お前とお揃いなことにメリット感じないし…」
またデコピンをしてやる。今度は傷口に布を押し当てられ、デコピンの数倍はあるであろう痛みが走る。呻きながらも話を続けた。
「ぐぁ、このやろ……はぁ、そんでだ。そんならぼっちどうし、俺らも合同すりゃいーんじゃね?って思ったわけだ。俺様天才かよ」
「ギルは領地持ちの聖職者でしかないじゃん、俺は一応公国なんだけど?」
「み、身も蓋もねぇな…」
立場が違うのは分かっているし、さすがに冗談だ。冗談なのに、冷静に返すレイスには寂しくなると言うものだ。
「なんだよ、つれねーの」
「なに拗ねて………ん、?」
すると、レイスは何かに思い当たったようにギルベルトを見上げた。股の間にしゃがんで上目遣いをされる視界に、なぜか分からないがドキリとした。
「ひょっとして、俺が公国になったとき拗ねたのって…」
「……あっ、」
ギルベルト自身忘れていた。14世紀、ハンザ同盟対デンマーク戦争の前にメクレンブルクが公国になると聞いたときのことだ。
置いていかれるような気がして、勝手に拗ねて、手当ての途中で用事ができたと偽って出ていったのだ。帰ってから恥ずかしくなって、その後何事もなかったかのように振る舞った。
まさか覚えていたとは思わずつい反応してしまったが、それがレイスに 確信を与えてしまっただろう。からかわれる、とギルベルトは冷や汗をかく。しかし、レイスはふっ、と笑うだけだった。
変に大人びたそれに、またドキリ、とする。
「…ね、俺らせっかく名前で呼んでるんだからさ、そんなこと考えなくていいじゃん」
「へ…?」
突然名前の話になったことが分からず首を傾げる。
「たとえ公国やら王国やらに肩書きが変わっても、戦争で対決しても、合同しても。国としてやってることと、俺らがこうやって過ごしてる時間は関係ないよ」
そのレイスの言葉にハッとした。
レイスが公国になって焦る気持ちも、ポーランドとリトアニアを見て羨ましく思う気持ちも、必要ない。レイスとギルベルトは、メクレンブルクとドイツ騎士団という国を越えた関係なのだ。名前で呼び合う仲というのは、そういうことなのだ。
「俺があんなに心配した理由も、分かってくれるでしょ?」
「…っ、あぁ、」
レイスがあんなに動揺していたのも、レイスはちゃんと関係を自覚していたからだ。かけがえのない存在だと思ってくれているから、怪我をしたギルベルトにあそこまで動揺した。確かに、デンマークとの戦争で剣を降り下ろされる姿を見てギルベルトの体が勝手に動いていたのもそうだし、タンネンベルクのようなことがレイスに起きていたらと思うとゾッとする。
ガタ、と音を立ててギルベルトは椅子を降り、しゃがむレイスを抱き締めた。同じくらいの身長だったのも、今やすっぽりと腕に収まるくらい差が開いた。
「…悪い、レイス。心配かけて」
「いや…もちろん心配はするけどさ、でも、ギルはギルらしく好きに生きてよ。ギルの分までお前のこと心配するし、手当てもするからさ」
「…じゃあ、その代わり俺はお前のこと守る。お前を守れるくらい強くなってやる」
きっとギルベルトはこれからも戦い続ける。心配もかけさせてしまうだろう。それでも、それを受け止めて手当てをすると言って待っていてくれるレイスを、ギルベルトは守りたいと思った。守ろうと誓った。
そして1525年、ドイツ騎士団領は完全にポーランドの臣下として拝し、プロイセン公国となった。
後に、"国家を持つ軍隊"と称されるプロイセンの始まりである。