夢主と考える国際経済シリーズ
−超大国依存と自由化競争
アジア通貨危機の余波が冷めないどころか、ブラジルやロシアにまで波及した1998年。
EUは次々と民主化、自由化していく東欧を取り込み、欧州からはアルレシアの居場所がなくなった。
当初予定していた東アジアとの経済連携はリスケジュールを余儀なくされ、代わりに北米との交渉に本腰を入れることとなった。
1994年に成立したアメリカ、カナダ、メキシコによるNAFTA(北米自由貿易協定)は、域外に対して莫大な貿易転換効果をもたらしていた。
貿易転換効果とは、自由貿易協定が成立した域内国家において、域外国家にその製品が売れなくなるなど不利益を与えることである。
アルレシアからの輸出も、このNAFTAによって減少し、EUの成立によってさらに減ろうとしていた。
これはまずい、とアルレシアは、多少の無理をしてでもアメリカとのFTAを締結しなければならないと判断した。
***
アメリカ、ボルティモアにて。
アルレシアとアメリカの交渉が始まった。
直前までメキシコやカナダとも会っており、アメリカと結んだ内容の協定をこの2か国にも適応することを決めた。ちなみに、メキシコともう一人いるはずだったのだがアルレシアには見えなかった。
今はアメリカと二人きりである。
「さて、さっそく始めようじゃないか」
朗らかに笑うその顔に乗った2つの目には、まるで$マークが浮かんでいるようだった。
「単刀直入に言うけど、君、俺にいいように扱われる覚悟はあるのかい?」
アルレシアはゆっくり頷く。アメリカにとっては、このFTAはさしたる影響力を持たない。
なぜならアメリカはすでに自由化率が高く、アルレシアの方が多くの関税を撤廃しなければならない片務的なものである上に、アメリカに対して経済的に服従することを求められるからだ。
「先を見据えればな、今動かねえと。…覚悟は、できてる」
「…いいね」
鋭いアルレシアの目付きに、アメリカはニヤリと笑う。
会談のテーブルから立ち上がり、座るアルレシアの側まで来ると、顎を掬われる。
「君が俺に依存する日が来るとはね…」
顎を掴んだ無粋な手は、アルレシアの首筋をつーっと撫で、肩から腕に降りていく。
「…、アメリカ…」
我慢できない、とばかりに上体を傾け、アメリカの腹に額を押し当てる。
「くくっ、おねだりかい?可愛いなぁ、アルレシアは」
アルレシアは内心でせせらわらう。おねだり?そんな訳がない。
笑みを浮かべているのをバレないようにしているだけだ。
アルレシアのことを好きなようにしたいならすればいい。だが、依存してやるのは今だけだ。
(盛者必衰って日本の言葉知ってるか、アメリカ。10年後が楽しみだなぁ?)
伊達に2000年以上を生きていないのだ、生まれて300年かそこらの若造に負けるつもりなど、毛頭ない。
今は待機し、10年したらむしりとる、それがアルレシアの考えだった。
最終的に、アルレシアはアメリカに対して95%の自由化を行った。アメリカから輸入される製品で国内市場は圧迫されたが、通貨を固定しているためその操作は容易だ。
最初の3年はこちらの不利益が予想されるが、以降は北米に対して攻勢をかける予定である。
アメリカが半泣きでアルレシアにすがる、ちょうど10年前のことだった。
***
それにしても、いくら後に勝つつもりとはいえ気分は悪い。いいようにされるのだから。
少し苛立ちながら帰宅すれば、ちょうど玄関先にオランダが来ていた。
「アルレ、久しぶりやな」
そう声をかけられるだけで苛立ちが終息していくあたり、我ながらオランダのことを好きすぎではないかと呆れる。
「よおオランダ。どうした?」
「アルレがアメリカとFTA結ぶいうんを聞いたさけ、ものごなってのぉ。ほやけどアルレまだえんかったげ?ほやさけ帰ろ思っとったとこやざ」
アメリカと交渉すると聞いて心配して来たがいなかったため帰ろうと思っていた、ということを言っている。
オランダもオランダで、アルレシアに対しては過保護というか、甘い。
だが今はそれが嬉しかった。
「はぁ…やっぱ俺、オランダの側が一番落ち着くわ…」
思わずオランダに正面から抱き着けば、慣れたように抱き止める。
しっかりとした体躯に抱き締められ、逞しい胸元で慣れた匂いに包まれる感覚が、泣きたくなるくらいには心地好かった。
「あー…ったく、EUとか作りやがって…仲間外れじゃんかよ…」
「…ほないなわらびしいこと言わんといとぉっけの…どもならんかったんや…」
言いたくても言えなかった苦言を吐いてみれば、オランダは言いづらそうに「子供っぽいことを言わないでくれ、どうしようもなかったんだ」という旨を伝えてくれた。
オランダでなければアルレシアとてこんなことは言わない。
「代わりにひってもんに(めっちゃ)甘やかしたるさけ、許しておくんねの。 まずは家ん中入りよっせ」
優しく髪を撫でながら言うオランダは、やはり間違いなく優しい。
「…ん」と一言だけ返して、アルレシアはようやく家の中に入った。