第三話: 情報屋−5


「どうも、京谷さん」

「……あ?」


豪華なエントランスの赤い絨毯の上、柄の悪い立ち方をしているのは京谷だ。漣より5センチ高いかどうかという身長差だが、体格が良い。
田中たちは気を遣ったのかエントランスにはおらず、この時間のフロント担当の谷地仁花もデスクに下がっていた。一流ディーラーの漣が客と呼んだことから、たとえ警察に似た水色基調の制服を着た相手であっても迂闊に声をかけるような真似はしなかった。


「……んだよ、お前」

「いつもお一人でパトロールされているので気になって、別のMSDの方にお名前を伺っていたんです」

「はぁ?」


こちらに凄みを効かせる京谷。狂犬と噂されるだけある。さて、漣の本領発揮はここからだ。


「いつもパトロールだけでは退屈でしょう。どうです、少し遊んでいかれては?」

「制服だぞ」

「お洋服はお貸ししますよ。いつも治安維持をしていただいているお礼です」

「……」


どうやらカジノへの興味は深かったらしい。当たり前だ、この年齢では気になって当然である。


「…連れてけ」

「もちろん。それではこちらへ」


恭しく礼をして案内する。公務員に近い仕事をしているのだ、こういう扱いをされること自体珍しいのだろう。途端に気分良さそうにしていた。

後ろに制服の京谷を連れて歩く廊下は、この時間ほとんど人がいない。そうして従業員用の扉を抜けて裏に入ると、更衣室に入った。


「…あちぃな」

「空調が間違って入ってるみたいです…すみません、今調節しますんで、そこに座ってお待ちください」


更衣室の中央にあるソファーを示せば、おとなしく京谷は座る。エアコンを調節するフリだけすると、漣はロッカーから適当な服を取り出して京谷の前に立つ。
そしてサイズを合わせるために、シャツの肩を京谷の広い肩幅に当てた。座っている京谷に近付くためには、漣は腰を屈める必要がある。


「…っ、」


小さく京谷が息を詰める。日本人男性に本気の色仕掛けをするのは初めてだが、男なんてどこも一緒なのだろう。


「暑いなほんと…」


小さく囁くようにぼやき、漣はネクタイを緩めてシャツのボタンを2つ開ける。
黒に白とシャドーのストライプが入ったシャツの隙間からは、白い肌が見えているだろう。鎖骨から首筋までが無防備に。
ネクタイを緩める手は黒い手袋に覆われ、どこか禁欲的なのに扇情的だった。

そして、別のシャツを肩に押し当てた際、至近距離で目を合わせた。顔の距離は30センチを切っている。こちらを見上げる京谷の目は明白に物語る。
「めちゃくちゃにしてやりたい」という、男としての本能的な野蛮さだ。服を引きちぎって暴力的に漣を暴きたいと。


「…なんて目、してんの?」


あえて敬語を外し、手袋越しにそっと目つきの悪い目元を撫でる。それは合図だ。食うなら食ってみろ、という許可。
京谷は素早く漣の両手を掴むとソファーに引き倒した。自分と場所を入れ替えつつこちらの動作を押さえ込むのはさすがにMSDにいるだけある。漣はそれくらいなら抵抗できるがあえてしない。

仰向けになった背中にはソファーの柔らかさ、見上げた頭上にはのし掛かる京谷の顔がある。
興奮した様子を見て漣は冷静に考える。このまま行為に縺れ込んだとして、この男は何かをぽろりと漏らすようなやつではない。単にそこまで頭が回らないだろう。情報を得られるわけではないなら、意味がなかった。
漣はポケットの中にそっと手を突っ込むと、一瞬で中のボトルを取り出して京谷の顔に向かってスプレーを吹き掛けた。

京谷は驚いて声を上げる暇もなく、意識を失った。

呼吸を止めていた漣は落ちてきた重い体をソファーにどかし起き上がる。京谷はぐっすりと眠っていた。


「おやすみ、狂犬くん」





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