第四話: 娯楽都市の番犬−2
「へえ、じゃあ岩ちゃんのメールも仕組んでたのかな?」
「察しが良くて助かるよ。バレたらまずいから、彼は隣の部屋で眠ってもらってる。医療用の薬品だから心配しないで」
「……目的は」
岩泉のことは安心しろと言いつつ、実質人質だと正確に理解しているだろう。部長をやるだけあって、及川は頭の回転が速い。
「なんだと思う?」
「……警察にでも突き出すつもり?でも、俺たちの情報を手に入れるのに、少なくともハッキングはしてるだろ。犯罪なのは変わらないでしょ」
「その通り。ハッキングして粗方情報はもらったよ、元青城セキュアカンパニー不正捜査部の部長さん。ま、警察に突き出すつもりはないなぁ」
漣も特に危害を加えようとする雰囲気を出していないからか、及川は警戒を続けながらも殺気はしまった。一方で、こちらの考えがまったく掴めず出方を窺っていた。
「君も何か運びたいものでもあるのかな?それなら全然構わないけど」
「それもある。けど、取り急ぎ俺が欲しいものはさ、証拠だよ。この組織的犯罪を立証する証拠。情報屋として信憑性は担保しないとね、こんな突拍子もない話なら尚更」
「情報屋……なるほどね、モナコの噂は本当だったんだ。有名なディーラーにして情報屋のアジア人がACTIRで働いてるっていう」
及川は、証拠が欲しいという漣の言葉から、2つを理解しただろう。1つは、すでに及川の発言が記録され音声の証拠となっていること。もう1つは、漣が「知るために知ろうとしている」ということだ。
「で?欲しいものは手に入った?情報屋さん」
「まだ本命が手に入ってねえんだな、これが」
「へぇ、そんな確たる証拠奪うの難しかった?」
「いや?あんたと今晩会ったのは、証拠よかもう1つのためってのが大きい」
そう言いながら、漣は隣に座る及川の心臓あたりに指を立てる。つ、と撫でながら至近距離で見上げると、及川は軽く息を詰めた。
「あんたらの協力が欲しい。俺の活動のための」
「…、俺のメリットは?」
及川は「俺たち」とは言わなかった。その代わり、及川の逞しい腕が漣の背中に回る。
及川からすれば、信頼できない情報屋相手である漣に対してどう出るか決めあぐねているところだろう。モナコでの話を知っていることや強固なTIREAのファイアウォールを破った実力などから、漣を敵に回すことだけはしたくないはず。
とりあえず味方をしておきながら、害を成す存在か見極めたい、といったところか。
そうなると及川は漣に否定的なことさえ言わなければいいわけで、漣がつくる流れに乗って様子を見るのが最善。そう判断して、及川は今漣の誘いに乗ろうとしている。
「メリットになるか分かんないなぁ。味見でもしてみる?」
「……俺、据え膳は完食する主義なんだよね」
擽るように首筋を撫でると、及川は噛み付くようにキスをかましてきた。それを甘んじて受け入れ、咥内に侵入する舌に自らのそれを絡める。
モテそうな顔をしているだけあり、キスは上手い。が、気持ち良くさせるのはこちらの仕事だ。
漣は舌を及川の方に差し入れ、本場仕込みのフレンチキスをお見舞いしてやった。
「…っ、ふ、っん、」
「……っ、はぁ、どう?無理そ?」
ぺろり、と唇を離れる際に舐めてやってから、ほんの数センチというところで及川の瞳を見つめた。手に入れた過去の評価から察するに、及川はリードしていろいろ「してあげたい」タイプ。
やはり男は無理か、とでも尋ねてやれば、及川はにっこりとする。
「そんな情熱的なキスしてよく言うよ。てか、ここまでして帰れるとか逆に思わない方がいいんじゃない?」
その言葉とともに、漣は及川に思い切り押し倒された。どうやらキスで火を付けることには成功したらしい。