第一話: 東のソドム−2


『次は、海の森、海の森です。お出口は左側です。モノレールはお乗り換えです』


地下を走行する列車内に響くアナウンス。羽田空港を出た羽田アクセス線を東京ウォーターゲート駅で乗り換えて、この帝都電鉄ベイラインに乗ってからもずっと、地下を走り続けていた。
かつて東京貨物ターミナル駅と呼ばれた大井ふ頭の駅が、臨海再開発にともない東京ウォーターゲート駅となったらしいが、華々しい改築のわりに車窓は暗闇だ。

窓をちらりと見れば、漣を見ていた女性と暗闇越しに目が合った。微笑みを返してやれば、簡単に頬を染める。

どうやら、日本の女性にも色仕掛けは通じるようだった。

電車は減速し、一気にホームの明かりに包まれる。近未来的なホームは直線的で無機質なデザインだが、ところどころに日本らしい意匠を取り入れていた。

ついに、ACTIRへと辿り着いたのだ。


***


ACTIR(アクティア)(Artificial City for Tokyo Integrated Resort)、東京統合型リゾート人工都市は、日本政府と東京都が2兆3800億円を費やして建造した再開発地域だ。

2018年に可決されたIR法案に基づいて、日本はIR(統合型リゾート)の建造を本格化させた。IRとは、カジノなどの娯楽施設のほか、様々なアミューズメントやリゾート設備、宿泊施設、さらには国際会議場や展示場などを複合した都市空間のことだ。
IR法案可決後、日本の様々な都市が検討を始めたが、2020年の東京五輪後は反動不況で資金繰りが調整できずほとんどが挫折。
大阪は2025年万博に向けてそれどころではなかったこともあり、IRは東京都が先陣を切ることになった。

そのために再開発されることになったのが、東京湾の中央に浮かぶ中央防波堤内側・外側埋立地である。新海面処分場と合わせ、この埋立地は東京都のゴミの最終処分場として使用されてきた。
これを造成し直し、5.8平方kmにおよぶ広大な人工島を完成させ、そこにIR機能を含めた新都心の建造を開始した。

7年におよぶ工事を経て、満を持して完成したIRは、世界最大規模のものとして注目を浴びた。万博で疲弊していた大阪はIRに本格的な着手をするのを避け、他の自治体も追随しなかったことから、日本唯一のカジノ街として成立する運びとなった。
ミシュランガイド世界最多の店舗数を誇る東京の威信をかけ、数々のグルメが島内にオープン。世界各国の新進気鋭のレストランやショップが海外一号店として出店し、ホテルやアミューズメントも最新かつラグジュアリー。日本らしい伝統文化からサブカルチャーまで網羅した文化体験施設の数々に、広大なカジノ街。
巨大な国際会議場や国際展示場、世界最大の客船を停泊させられるドックも備え、羽田空港や新橋などに直通する路線が延伸している。

東京湾で最も外側にある新都心は、まさにこの国の首都のウォーターフロントであった。


行政区分上、ACTIRは「臨海特区」と呼ばれる。市区町村には属さず、東京都に直属するのだ。
臨海特区は特殊な区分となることから、住民票を作成できず、住居とすることはできない。そのため、ACTIRの人口はゼロである。
住所表記は東京都臨海特区〜となる。

そんなACTIRにおける行政機関、つまり役所にあたる組織のことをTIREA(ティレア)(Tokyo Integrated Resort Executive Agency)、東京統合型リゾート行政機関と呼ぶ。
基本的な部分は市町村の役所と同じだが、住民に関する部署がなく、議会も存在しない。しかし、ホテルやカジノ、国際展示場などを運営する組織の代表が集まるTIREA自治会議というものが議会のような働きをし、自治を行う。

つまりこの臨海特区ACTIRは、TIREAという組織が圧倒的に権限をもつ、民意の介在しない都市ということだ。


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