″必要″−3


山本は、黒尾にもたれかかって酸欠でぐったりとする伊吹を見て動けなかった。迅速に動いた2年に任せることしかできなかった。

山本にとって伊吹は不思議なやつで、どう評価すればいいのか分からない。
マネージャーというわりに、その実力は強豪校のもの。守備を要とする音駒は攻撃力に欠けるが、伊吹のスパイクやサーブはチームの総合力を上げられるレベルだった。

私的なことを喋ったことこそないが、練習にはよく付き合ってもらっている。最初は不良がマネージャーをやっていることに近寄りがたく思っていたが、その実力を見たら、練習させて欲しいとしか思わなくなった。
意外にも伊吹は毎回二つ返事で練習に付き合ってくれたし、遠慮も衒いもない伊吹の指摘は、客観的で好きだった。

いつしか、伊吹のクールな表情を沸かせるようなプレーがしたいとすら思うようになったものの、未だにプライベートなことは聞いていなかった。


女子マネがいたら、なんていうのは他愛のない冗談で、いたら良かったとは思えど伊吹がいらないとは思わなかった。
しかし伊吹は山本の発言のあと、過呼吸に陥ってしまったのだ。

他の部員が帰り、伊吹と黒尾、山本だけになる。


「……朝倉、悪かった」


ようやく、絞り出すように言えたそれに、伊吹はゆっくり首を振る。黒尾に凭れたままだが、少しずつ意識もはっきりしてきたようだ。


「…別に、山本のせいじゃねぇ」

「でも、俺があんなこと言ったから…」

「伊吹、お前、なんか悩んでんだろ。家のこと?」


黒尾はいつの間にか伊吹と仲良くなっていたのか名前呼びだ。何やら事情を知っているようで訳知り顔だった。


「……ちょっと、疲れました」

「……そっか」


小さく呟いた伊吹の言葉だけで、黒尾は大体を察したようだ。頷くと、おもむろに伊吹の目元を覆った。


「寝ちまえば」

「……や、帰るし…」

「起こすから大丈夫。いいよ、ちょっと寝な」

「……っす…」


恐らく黒尾は起こさないだろう。胸元にもたれて体の力を抜いた伊吹は、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。

完全に眠ったのを確認して、黒尾は突っ立ったままの山本を見上げた。特徴的な髪の間から覗く切れ長の瞳は、存外優しい。


「こいつさ、親が離婚したとき、どちらとも一緒になれなかったんだよ」

「えっ……」

「っつっても、本人は面倒だから話さないってだけで、気にしてねえみてぇだけどな。仲はいいらしいし。ただ、親権を持った母親が体調崩して実家に戻ることになったとき、その実家から疎まれてた伊吹は東京の親戚頼ることにしたんだと」

「じゃあ朝倉は東京出身じゃねえんすね」

「宮城だってよ」

「宮城……」


初めて聞いた伊吹の事情は、ありがちだが少し珍しい話だった。


「その親戚とは……」

「優しい人たちだっつってた。こいつがそういうの嘘つかねえの知ってるだろ?」

「っす。でもじゃあ、なんでこんな……」

「……疲れたっていうのは、多分、居場所を確保することがってことだろ」


居場所なんていう言葉は、一匹狼然りとした不良にはあまり似合わないような気がした。むしろ、自分から定住を望まなさそうだ。


「…親戚の家で、肩身狭く感じるのは当たり前だ。選手じゃねえのも、その遠慮から。家がパン屋やってるから、その手伝いして、勉強して、マネージャーやって、そういうこと全部、親と一緒になれないことへの漠然とした恐怖から来てんじゃねえかな」

「そんなことしてたら疲れるに決まってんのに……」

「ほんとにな。信じるのがこえーんだな、まだ。そのストレスがもう限界だったとこに、バレー部にいらないって言われたらな」

「っ、やっぱり……」


山本の言葉は、間違いなく引き金となってしまった。黒尾はそれを否定こそしなかったが、優しく笑う。


「こいつはそう思ってねえよ。本人に色々自覚もねぇだろうけど、山本が本気で伊吹を必要ないって思ってるわけじゃねぇの、分かってる。分かってても恐いモンは恐いから、過呼吸になっちまったんだろ」

「……俺は、どうすれば」


可哀想だと思わなかったかと聞かれれば、山本には自信がない。自分は恵まれていたから、失礼だと分かっていてもつい、可哀想だと思ってしまう。過呼吸になるほど不安感に苛まれている苦しさも想像できなかった。
ただ、そういうことは抜きにしても、山本は伊吹に、笑って欲しかった。

バレー部で必要とされていることを実感しながら、楽しそうにして欲しかった。何より、安心して欲しかった。
何のフィルターもなく、ありのまま山本の力を評価して、手を貸すことを惜しまなかった伊吹のことを、山本は思っていたより大切に感じていたらしい。


「簡単な話だろ。しつこいくらい大事にしてやれ。どうせ、お前も伊吹も口下手なんだ、態度で示せばいい」

「……態度」

「そっ。真っ向からな」

「……分かりました」


ありのままを見てくれるやつなのだ、それなら山本も、ありのままぶつかろうと思った。ありのまま、伊吹がいるバレー部が好きなのだと、伝えようと思った。



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