あと40分−3


思い立ったが吉日というやつで、伊吹はその日の部活後から勉強会をすることにした。
いつもより少し早めに自主練を切り上げて、2人で先に帰路につく。夏至を過ぎたばかり、空はまだまだ明るい。

村井駅から篠ノ井線に乗り込む。普通列車で、2両編成だ。壁側の横長の座席に並んで座ると、いよいよ会話のなさが気になってきた。
学校から歩いてきた間は今日のプレーのことを話していたが、座って落ち着いてしまうと黙ってしまう。


「あー…朝倉はさ、家どこなんだ?」

「三溝、白馬は?」

「俺は松本駅んとこのアパート。朝倉はもともとこっち?」


鴎台に有名なイタリア人の監督がやって来てから、生徒の幅はさらに広がった。もともと強豪校だったが、監督目当てでさらに遠方からも来るようになった。
そのため、松本出身ではない可能性がそれなりにある部活柄、こうした質問はよくある。
昼神や星海も松本が地元だ。


「俺は宮城出身。家の都合で越してきた。住んでんのは親戚の家だから、上げらんねえの」

「そ、うなのか。いや、全然俺ん家で構わねーけど」


伊吹は両親が離婚したのち、母方に移ったものの母が体調を崩してしまい、親戚を頼ることになった。
東京にも親戚がいたが、病気になってしまったということで松本に来た次第である。家は松本駅から西に伸びる上高地線の三溝駅に近い。

詳しい事情を知っているのは昼神と星海だけで、白馬はその片鱗に少し気まずそうにしていた。せっかく話題を振って貰って申し訳ないが、伊吹はもともとコミュニケーション能力は高くない。
とはいえ、会話を続けることができないほどでもないため、伊吹から話を進めた。


「白馬はそこそこ松本詳しい?」

「いや、そうでもない。駅前と学校の間だけしか知らないし、観光地も行ってないな」

「じゃ、俺も似たようなモンだわ」


街への帰属意識としては同じようなものだろう。親戚は優しいが、やはりよそ者として伊吹を扱う。伊吹も特に市内を見て回る機会もないまま今に至る。


「……なぁ、つかさ、自分で言うのもなんだけど、名字じゃなくて名前で呼んでくんね?」

「…は?なんで」


すると、いきなり白馬はそんなことを言ってきた。揺れる電車は隣の平田駅に着いた。


「みんな俺のこと名前で呼ぶしさ、白馬っていかついし」

「別にいいけど……名前も大概いかついだろ」

「まぁな、身も心も器もでかいんだ俺は。その名前も篠ノ井線に轟かせてるしな」

「……ふは、篠ノ井線に名を轟かせるて」


確かに毎朝こんな長躯が乗っていて、高校バレーで有名選手となれば名前も知れるだろう。中部でも有数の大都市だが、松本市も地方都市に過ぎない、世間は田舎ほど狭くなくとも都会ほど広くもないのだ。
それにしても、篠ノ井線に名を轟かせるというフレーズが思いのほかツボに入り、伊吹はクスクスと笑ってしまった。こんな2両編成の電車が主体の路線で表現するには大それすぎている。


「……朝倉、いや、伊吹もそんな風に笑うんだな」

「んだいきなり。つかお前も名前で呼ぶのかよ」


笑っていると驚いたように白馬が言うため、笑いながら軽く睨んでやった。白馬はわざわざ言い直してまで、伊吹を名前で呼んでくる。


「……名前、呼べよ」

「?芽生」

「…ん。よし、今日は駅前でワック寄ってこうぜ。ポテト食いてえ」


なぜか満足したのか、白馬はそう言って深く背もたれにもたれた。次は南松本駅、その次は松本駅だ。学校が何もない駅にあることや、昼神たちが地元でチャリ通ということもあり、帰りがけにどこかに寄るという経験はほとんどない。
いつの間にか話しづらい感覚はなくなっていて、隣の温度とこのあと寄り道とやらができるのならば、早く松本駅に着いて欲しいような気がした。



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