連載: the other rather together−冷房25.5度


弁当を作るようになってから数日、もともと朝には強かった伊吹だが、この数日は特に早く起きてしまっていた。理由は簡単、寒くて目を覚ますのだ。

どうやら治はエアコンをガンガンに効かせるタイプのようで、いつも朝に寒くて目を覚ます。冷たい空気は部屋の床付近に溜まるものだが、それよりも二段ベッドの上というのはエアコンとの距離が近いため、もろに冷風が体に当たるのだ。風邪を引いていないのはひとえに部活で鍛えていたからで、もし少しでも調子を崩そうものなら一瞬にして体調を悪くするだろう。

これはなんとかしなければならない、とは思うのだが、とはいえ治はこのエアコンの温度がちょうどいいわけで、伊吹はこの家に外からやってきた身、あまり変化を強いるのは気が引けた。

せめて、あと少し温度を上げてもらうか、風量を抑えてもらうくらいは頼んでもいいだろうか、と数日間頭をぐるぐるとさせた後の夜、ついに伊吹は動くことにした。


「…治、起きてる?」

「んー?」


二段ベッドの上から下の段に呼びかける。気の抜けた返事は意識がはっきりしているときのもので、治はまだスマホでも弄って寝ていなかったのだとわかる。すでに部屋は暗く寝る体制になっているが、治はいつでも寝落ちできるようにしているようだ。

伊吹は頭だけ柵から出して下の段を覗き見る。案の定、枕元でスマホを弄る治の姿が見えた。


「あのさ、エアコンのことなんだけど…」

「どしたん?」

「あー…なんつか、あとちょっとだけ、上げてもいいか、って聞きたくて…」


伊吹にしてはかなり不明瞭というか、かなり控えめな聞き方になってしまった。単に、遠慮の現れだ。長くこの家に暮らしていた治の「当たり前」を変えるよう言うことに、これほど勇気がいるとは思わなかった。


「…ちょっと、なぁ」


すると治はそう言って、スマホを置いて起き上がった。家の目の前にある街灯の明かりが差し込むことでそこそこ明るい夜の闇に包まれる部屋とはいえ、スマホの光源がなくなって表情が見えにくくなる。何やら含みのある表情をしていた。


「伊吹、ちょいこっち来ぃや」

「え…あぁ、」


呼ばれるがまま、伊吹は梯子を下りて床に足をつく。治は体を起こしたまま、足だけベッドから出して伊吹を手招きした。

その開いた足の間に立つと、すぐ近くとなった距離から治が手を伸ばし、伊吹の手をそっと握った。柔らかい感触と熱い体温。


「やっぱな、めっちゃ冷えとるやん。これでちょっと上げるだけで済むか」

「…別に、これくらい平気だっつの」

「嘘やな。伊吹、遠慮して遠慮して、んでようやっと今、エアコンのこと言ったんやろ。分かってきたで」

「な…っ」


見抜かれていたことに驚く。侑もそうだが、この双子はひょうきんなようで、意外と鋭く人を見ている。そういうところは、もしかしたら伊吹と似ているのかもしれない。


「言うとったもんな、伊吹。あんまこの家に世話んなる気ぃないて。すぐ出てけるよう考えとるんやろ」

「…まぁ……」

「…まだ怖いか?居場所なくすん。ここが居場所やないて拒否されんのが、まだ怖いん?」

「っ、お前、どこまで…」

「さぁな。でも、伊吹がいつまでもこの家で自分を異物やと思っとることくらい、俺も侑もお見通しやで」


治に図星を突かれ、伊吹は驚いて息が詰まった。離婚によって家庭を一度失い、引っ越しによって仙台で培った人間関係も失い、伊吹はこれ以上、居場所をなくすことへの恐怖心があった。それは同時に、この家で伊吹は異物であり、いずれ早い段階で出ていくべきだという考えに至った。自分から出ていく方が、ここはもう居場所ではないと告げられるよりもマシだからだ。

結果、異物である意識がゆえに大きな遠慮が発生することになった。


「図太い性格しとんのに、なんでそんな遠慮すんねやろて思うこともあったけど…そう考えれば納得やな」

「っ、…」


治はそう言うと、そっと伊吹を抱きしめて、そのままベッドに倒れこんだ。器用に体の向きを変えながら枕に頭をのせると、伊吹を腕枕するように抱きしめて横になる。


「俺も侑も、伊吹が思っとる以上に伊吹のこと大事に思っとる。せやから、そんな怖がらんでええで。ここはお前の居場所やから、好きに言うてええし、好きにしてええ。俺も侑も、まぁ自分のやりたいようにする分には意見衝突するかもしれへんけど、それは俺らがそうしたいだけで伊吹の居場所を否定するもんやない」


耳元で低く、静かに治が言う言葉は、伊吹の心に直接染みていく。知らず、こわばっていた心がほどけるようだった。肩肘張らない、本当の家としてのリラックスした心地がした。治はそっと伊吹の頭を撫でてきて、それが安心感と睡魔を誘う。


「かわええな。寝てええよ」

「ん…」

「エアコン寒いんやったらこうして抱きしめたるからな」


それ何も解決してなくないか?という伊吹の内心の疑問は睡魔の前に柔らかく溶けていく。まあ明日でいいか、と伊吹は思考を手放して瞼を閉じた。

明日、治に改めて言えばいい。なぜなら、明日も明後日もその先も、伊吹はここで「家族」でいられるのだから。



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