千年純愛−3
女は扉にぶつかった衝撃で折れ曲がった首を、ボキボキと鳴らしながら治していく。間違いない。あれは、人などではない。
伊吹は体の内側が冷えるような感覚に震えた。それでも足を叱咤し、また走り出す。いったん距離を取ってから、窓を割るなり、最悪倒すなりしなければならない。
教室のある2階に上がり、女から離れようと別の階段へ向かおうとした、そのときだった。
突然、曲がり角から腕が伸びてきて、伊吹の肩を掴んで来たのだ。思い切り引っ張られ、体がよろめく。
温かいものにぶつかって、包まれるように抱き込まれる。
「なっ、!?」
「しぃー。静かに」
悲鳴を堪えて踏ん張り逃げようとすると、そんな声が落ちてきた。
まともな人の声だ。
驚いて声の主を見上げると、端整な顔がニッコリと微笑んだ。
「安心しぃ、もう大丈夫やから」
「…宮、侑……?」
「おっ、知っとるん?嬉しいわぁ」
「おい侑、いつまでそうしてんねん」
伊吹を抱き留めたのは、なんと転校生の宮侑、双子の片割れだ。さらに後ろからはもう1人、宮治。
金髪と銀髪で判別がしやすい。
「は…?なんで、おまえら……」
「おー混乱しとる、かわええなぁ」
侑はなおもニコニコとしながら、抱き締める力を強くした。治はそれを見て眉間にしわを寄せる。
「それより侑、来るで」
「分かっとるて」
互いをツム、サムと呼ぶ2人は、同じ制服姿で何も変なところなどない。それなのに、どこか浮世離れしたような、そんな気がした。
そこへ、廊下を這う布擦れの音が聞こえてくる。急速に近付くそれは、あの女だろう。
「っ、」
「だいじょーぶ。治、」
「チッ、」
思わず侑の胸元に縋りつくと、優しく言って抱き締める。そして、治が2人と曲がり角との間に立ちはだかった。
その角から、ついに白い腕と長い黒髪が姿を現した。
「…祓滅」
たった一言、治は呟いて、左手の人差し指と中指を揃えて突き出す。途端に、女は金切り声を上げて霧散した。
一瞬でチリとなり、それすら残らず空気中に消えたのだ。
「…は……?」
「もう大丈夫やからな」
治は振り返って緩く微笑むと、伊吹の頭をそっと撫で付ける。何が起きているのか分からない以上、大丈夫かどうかなど分からないはずなのに、2人に大丈夫だと言われるとそんな気がしてきた。
そのため心がようやく落ち着きを取り戻し、侑から離れてひとつだけ深呼吸をする。名残惜しそうにする侑を余所に、治が今度は後ろから抱き締めてくる。
「…んだよ」
「別に?」
「なにしとんねん治」
「分かった分かった、もういいから」
埒が明かないと伊吹は2人をいなすと、やっと状況を聞くことができた。
「で、ここがどこだか、知ってんだよな?」
「察しがええなぁ。ここは冥界、現世のコピペみたいなもんやけど、住人は死者や。生者がおると、魂を求めて襲ってくるんや。もちろん、大半は転生を待っとるだけやけどな」
侑はそう簡単に説明してくれた。やはり、ここは別世界らしい。誰もいないことや鍵が開かないことなどから現実ではない気がしていた。