無着者の執着−3


昼神は驚いたようにしたあと、苦笑した。その笑みは普段では見ないような、感情の滲むものだった。


「…朝倉君さ、ほんと、よく見てるよ、人のこと。どうでもいいって感じ出してるのに」

「どうでもいいのは確かだけどな。まぁでも、俺も帰りたくないの、一緒だったりする」


日誌を書き終わり、シャーペンを筆箱にしまって日誌を閉じる。そして立ち上がると、ぽかんと見上げてくる昼神を見下ろす。なかなかないアングルだ。


「この辺で、金をかけずに座れるとこねぇの」

「あるけど…」

「じゃ、そこ行くぞ。もう閉める」


スクールバッグを右肩にかけて鍵を持つと、昼神も立ち上がってエナメルバッグをショルダーがけする。


「呼び出しとかこわ、俺ボコされんの?」

「ボコして欲しいなら手加減しねぇけど」

「洒落になんないじゃん」

「お前が振ったんだろ」


伊吹が度々空手部に勧誘されるほどの腕前だと学内では有名なため、昼神は自分から言ったくせに肩をすくめた。しょうもない会話だが、よく分からないと思っていた昼神とこんな話をしている状況を、少し楽しんでいるのも確かだった。


昼神に案内されてやって来たのは、近所の公園。
バレー一家だけあって、昼神はもともと鴎台に近いところに住んでいる。中学は寮だったらしい。この公園、というより小綺麗な空き地にベンチがある空間と言った方が近いここもよく知っていた。
地方都市のさらに郊外だ、公園を整備しなくても遊び場はたくさんあると言っていたが、正直仙台の郊外よりは整備されている気がする伊吹である。

ベンチの一つは東屋のように屋根がついていて、石造りの無骨な椅子が置かれていた。日陰になり続けるのだろう、数日前の雨でできたらしい水溜まりがまだ残っていた。
そのベンチに二人で並んで腰掛ける。狭いことと昼神の体格の良さもあって、肩が触れ合った。

離れたところにある公園入り口の街灯以外に光源はなく、公園を囲む住宅の明かりも木で遮られてしまう。

時刻が遅いこともあって、遠く西の空にオレンジが残っているのがかろうじて見えるものの、空はほとんど黒に近い天鵞絨色だった。互いの顔を照らすものは、入り口のか細い街灯の光だけである。


「で?なんで大学ではバレー続けないってこと今言うつもりになったわけ?」

「続けない理由は聞かないんだ」

「たとえ全国常連でも続けないやつは続けないだろ。大学は就職にも直結する環境だ、人生の軸をバレーにするんでもなきゃ、普通は高校までだ」

「確かにね、うん、ほんとそうだよね」


昼神は噛みしめるように頷くと、少し沈黙したのち、ゆっくりと話し始める。


「…やっぱさ、俺がバレー続けない理由も聞いてよ。なんか、朝倉君と話してたら、全部言いたくなっちゃった」

「…仕方ねぇな。聞いてやるよ」


伊吹がぶっきらぼうに言うと、昼神は嬉しそうに笑ってから、正面に視線を移す。そして一つ息を吸った。


「…俺さ、バレーを好きでなきゃいけないって思ってた」


昼神は、バレー一家に生まれ、兄弟も両親もバレーに携わり、当然のように自分もバレーを始めた。体格にも恵まれ、センスもあった。

しかし、進学した強豪校ではバレーをするうちに徐々に考え方が変質していった。点を獲らなければならない、失点しないようにしなければならない、ミスを防がなければならない、できない仲間を責めないようにしなければならない、バレーは自分の人生の軸でなければならない、バレーを好きでいなければならない。

好きで始めたはずだった。自分で選んだはずだった。家族がそうだったのだから、自分も当然そうあるべきだと思った。
だから、退路が断たれているように感じてしまっていたのだ。自分で決めたことなのだからと。


「…限界だったんだよね、いろいろ。そしたらさ、光来君が、『いつでも辞めれる』って言ってくれて。頑張った分は無駄にならないんだからって。それ聞いたら、なんか続けられる気がした。辞める理由ができるまで、辞めなくいいやって」

「…大企業に入ったものの合わなくて、でも辞められなくて苦しむ新卒の会社員みてぇだな」

「ほんとそれ」



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