無着者の執着−5
昼神に聞かれて、伊吹も話してみようという気になった。状況と、そして考え方が似ていたからだ。
「簡単に言うと、今の家族となるべく一緒にいたくねえんだ。預かってもらってるだけだから」
「本当の家族じゃないってこと?」
「遠縁の親戚だな。両親は離婚した。母親に親権渡ったけど、体調悪くしてて、親戚を頼った感じ」
「そ、うなんだ」
昼神もさすがに言葉に詰まった。家庭の事情は、あまりに複雑で反応しづらい。
農家だった両親が、土地と農業を継ぐことを前提に結婚したにも関わらず空手教室を初めてあえなく挫折、その流れで離婚することとなり、父親は介護などで伊吹を養う余裕がなく、母親は体調を崩し、母親の実家は伊吹の存在を疎んでいたため、こうして遠い親戚を頼ることになった。
余裕のあった東京の親戚を頼れず松本に来たのだが、無理を承知で頼み込んで家に置かせてもらっている。しかも母方の親戚なので、両親の離婚の経緯も知っているし、その父親の血を引く伊吹を疎む姿勢は共通している。
それでも伊吹を家に招いてくれて、なるべく良い関係を作ろうとしていることは事実だ。
事実だからこそ、伊吹は尚更気まずかった。これで明白に嫌ってくれていれば楽だった。親戚が頑張って高校生という難しい年頃の伊吹を引き取って、なるべく互いにストレスにならないような関係にしようと心を砕いてくれているからこそ、忍びなかった。
あまりに、肩身が狭かったのだ。
「親戚は、ろくでもない結婚をして生まれた俺を引き取りたくなんてなかったけど、それでも俺を受け入れなければならない、俺と家族にならなければならないって思ってる。俺も、向こうがそう思ってくれてる以上は、同じように歩み寄らなきゃなんねぇし、家族だと思わなきゃなんねえって。互いにそうだから、息苦しくて、帰りたくねえんだ」
「…それで俺と似てるって言ったのか」
昼神との共通点は、好きでもないのに好きでいなければならないと思って苦しんでいるところだ。
「でも、俺はいつでも辞められるけど、朝倉君はそうはいかないじゃん。俺なんかよりもずっとつらくない?」
「比べるモンじゃねぇって。それに、俺だって高校までの時限的なモンだって思ってるから、当たり障りなくやりゃあいって考えてる。実際、親戚とはそこそこうまくやってるしな。卒業したら東京の大学行って、誰にも頼らずに生活する予定。そう思ったら楽になった」
「なるほどね…確かにちょっと似てるかも」
「…もう少し言うと、俺が他人に興味がねぇのも、クラスで誰とも関わろうとしねぇのも、似たような理由」
両親の離婚が自身に与えた影響の大きさは理解している。居場所をなくしたことは伊吹にとって少なからずショックで、仙台の人間関係と離れて、両親とも離れて、一人でこの街にやって来たことが恐くて仕方がなかった。
もしまた、居場所をなくすようなことがあれば、立ち直れない。
そう思って、伊吹は人と必要以上に関わることを避けた。
「居場所なくすくらいなら最初から作らないってわけね」
「そう。楽だしな、実際」
伊吹がそう言うと、昼神は少し黙ったあと、また息を一つ吸って口を開いた。
「…でもさ、バレー部の外でも居場所って一つはあっていいと思うんだよね」
「…?」
「だから…俺とかどうかな」
「え……昼神を居場所に、ってことか?」
「そう!ほら、こうやって放課後に時間潰してさ、お互い家帰る時間を遅くしてなるべく家族に関わらないようにできるし?」
昼神はそう言いながら伊吹の肩を掴んだ。至近距離に端整な顔が近付いて、暗がりでもはっきりとその顔が認識できる。
伊吹は思わず、軽く噴き出した。
「ふは、新手の告白かなんかかよ」
「っ、」
久しぶりに笑った気がする。伊吹は軽く笑ってから、正面の昼神の肩に軽くもたれる。ぴくりとその肩が跳ねた。
「…ありがとな。嬉しい」
「……伊吹って呼んでいい?」
「ん、構わねぇよ」
昼神は「やった」と小さく笑うと、伊吹をそっと抱き締めた。互いに寄り添うようなそれは、気温の下がった夜の暗闇で、互いに道を見失いそうな心細さを誤魔化す、小さな街灯のようだった。