無着者の執着−6


昼神はあの日から、よく伊吹のそばにいるようになった。昼休みに押しかけて一緒に昼食を食べたり、部活の柔軟でも背中を押してもらったり。そして、部活後は必ず伊吹と最後まで残って、あの公園でしばらく話してから帰るのだ。

公園から鴎台の最寄り駅である村井駅までの道も送っている。
村井駅から伊吹の家がある三溝までは、途中の松本駅での乗り換えを含めてかなり時間がかかるため、最近は三溝駅から家までも送ってやりたいくらいだった。

そう、それくらい、昼神の中での伊吹の占めるウェイトが大きくなっていた。

あの日伊吹に指摘されるまで、昼神は自分ですら、家族のことで深く悩んでいることに気付いていなかった。なまじしっかりと自分の考えがあっただけに、やるべきことが明瞭だったから、感情に気付きにくくなっていた。

バレーに全力な家で、バレーのためにたくさんのお金と労力を昼神のために注いでくれた家族に、本当はバレーが好きではないと話して失望されることが恐かった。
だから、伊吹と話す中で、自分の感情が整理されて気付くことができたし、何よりも、淡々と意見を述べてくれた伊吹は一切感情的な同情を見せなかったからこそ、昼神は救われたような気がした。

自分は自分だと、今の部活やバレーへのスタンスは間違いではないと思っていたが、それを人に認めて貰うのは別だ。

そして同時に、伊吹も似たような状況にいて似たような感情を抱いているのだと知った。
本人は比べるものではないと言っていたが、それでも昼神よりもつらく苦しい出来事を経験したのだと、少なくとも昼神個人は思っていた。

傷を舐め合うと言うと聞こえは悪いのかもしれないが、共有して楽になることは間違ってなどいないと思っている。

だから、昼神にとって伊吹は一緒に過ごせば過ごすほど大事な存在になっていった。
心の拠り所なのかもしれない。周りよりも達観していると自分でもたまに感じる昼神だが、そうは言ってもまだ所詮は高1のガキに過ぎない。家族のことで心に抱えた不安や恐怖は、そう簡単にごまかせるものではなかった。



夏合宿を控えたある日、インターハイでの昼神のいつもの無着すぎるスタンスに、またも父親が小言を言ってきた。結果を出している以上強く叱るようなことこそないが、「そんなんでどうする」と厳しい言葉を食らった。
今日こそ言ってやろう、と思った昼神だったが、すんでのところで言葉が出なかった。漠然とした恐怖が湧き上がるのを、押さえられなかったのだ。


「それで俺、言えなかったんだよね」


その出来事を、いつも通り公園で伊吹に話した。真夏の茹だるような暑さが残り、夜になっても蝉が煩く、空はまだ少し明るい。
季節は進んだのに自分は何も変わっていないようだった。


「何が恐いんだろ…叱られることとか喧嘩することじゃないし…」

「…具体的に何が、ってのはねえんじゃね。だってお前、家族が具体的にお前のこと責めたり失望したりするような人じゃないって、分かってんだろ」

「…っ、」

「頭ん中ではちゃんと分かってんだよ。大丈夫だって。だから、恐怖が漠然としてんだ。具体的に恐れている場面を想像できねぇから」


伊吹は他人に興味がない不良のくせに、本当に人のことを理解するのが上手いと思う。
言われてみれば反論の余地などなかった。確かに、昼神は両親が恐れているような言動を返すことが想像できなかった。
家族はバレーに真摯で、本気だ。だからこそ、これまで頑張ってきたことはどんな結果に終わっても決して無駄にならないのだと知っている。たくさんの努力ができた昼神が、これからなんでも頑張れる力があると、知っている。だから、恐れるような場面を頭が思い描けず、恐怖が漠然としたものにしかならないのだ。


「こんだけ世話になって、やっぱ好きじゃなかったなんて言うのは心苦しいに決まってる」

「…うん、」

「ま、安心しろよ」


伊吹は明るい口調で言うと、硬い椅子から立ち上がる。夕暮れの空はまだ明るい色を残していて、公園の入り口の街灯は最近LEDに付け替えられて明るさを増していた。
それらの明かりに照らされて、伊吹のにやりとした表情が昼神を見下ろした。


「前も言ったけど、俺は東京で一人暮らしする予定だし。家族となんかあってもし絶縁なんてことになっても、卒業したら俺がそばにいてやる。お前は、今も、これからも、絶対一人にはならない。だから、大丈夫」


髪が伸びて、緩いくせ毛がウェーブする昼神の頭をぽす、と伊吹が撫でた。そうなるとは微塵も思っていないのは伊吹も昼神も同じだったが、それでも言葉にしてくれたのが嬉しかった。


(ほんっと、こんなん、仕方ないよね)


絶対一人にしないと誓ってくれた伊吹の手の平の温もりに、昼神は色々と諦めた。同時に、この言葉はずっと覚えていようと決意する。いや、そんなことはしなくても覚えているだろう。

一人にしないと言ったのだ、昼神は、死ぬまでずっと伊吹のそばにいようと思った。隣に立って、何者も伊吹を傷付けられないように守り、腕の中に囲いたいと思った。

好きにさせたのは伊吹で、一人にしないと言ったのも伊吹なのだから、昼神はまったくもって合法的に、伊吹に依存して伊吹を自分に依存させていい立場なのだ。

昼神は微笑んで、「ありがとう」とだけ返した。



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