無着者の執着−7


合宿が終わり、夏休みの宿題のペースがまずいことに気付いた星海と白馬が騒ぐようになった頃、やたら昼神の機嫌が良い日があった。
星海も「珍しいな」と言うほどで、プレーも調子が良かった。

その日も部活後に残って公園に向かったが、ベンチに座る前に、おもむろに昼神に抱き締められた。正面からの抱擁は流石に初めてで、伊吹は鼻を肩にぶつけて驚く。身長差が20センチあるのだ、目線と喉仏が同じくらいになる。


「な、んだよ」

「伊吹!昨日、家族に言ったんだ。バレーのこと」

「…どうだった?」


今日の様子からしても、またそもそも悪いようにはならないだろうと思っていたこともあって軽く聞いたが、昼神は「全然大丈夫だった」とあっけらかんと答えた。


「母さんは、まぁちょっと申し訳なさそうにしてたけどね。でも、それはそれで仕方ないって言ってくれたし、大学のことも任せるって」

「だろうな。予想通りだったけど、良かったな」

「伊吹がいなきゃ勇気出なくて拗れたかもしんないし。ありがとね」

「頑張ったのはお前だろ」


伊吹は広い背中を労るように撫でる。勇気を出したのは昼神だ。
すると昼神はより強く抱き締めてきて、苦しくなった伊吹はそのまま背中を叩いて「苦しい」と告げる。


「あ、そうそう。大学は東京に行きたくて、友達と住む予定ってことも話した」

「…は!?」

「いいじゃん、中央線で1本ですぐ帰れるし、もともと大学行くなら東京かなって思ってたからさ」

「そういう問題じゃねえわドアホ!」


伊吹は思わず昼神の腹に拳を入れたが、硬い腹筋に阻まれてダメージを与えられなかった。けらけらと笑う昼神はそのまま伊吹を抱き締めて、そして耳元に口を寄せる。


「だから、伊吹も、一人じゃないよ」

「…、昼神?」

「俺はこれで一件落着だけど、伊吹のことは何も変わらないし、変わることでもない。あのとき、一人じゃないって言って貰えて、すげー嬉しかったんだ。だから、俺も覚悟見せよって思って」

「一人じゃないって……」

「伊吹の居場所になるって言ったでしょ?卒業しても、俺がそばにいるよ。俺が、伊吹のこと守るから」


まるで恋人に言うかのような甘い響きで言った昼神に、伊吹の顔に熱が集まるのが分かった。心の最も深い部分を共有し、あの梅雨の日からずっと一緒にいただけあって、昼神は少なからず伊吹にとって大切な存在だ。
そんな相手に「そばにいる」「守るから」なんて言われれば、男でもドキリとしてしまった。


「っ、おまえに守ってもらうほどヤワじゃねえ…!」

「そりゃ物理的にはね。それ以外でも、ってこと。伊吹、メンタルもフィジカルも強いけど、優しくて誠実だから、『人』に弱いんだよ。だから、変なやつに狙われても俺がブロックするから」


昼神は冗談でもなんでもなく言っている。人に弱い、というのは初めて言われたが、確かに伊吹が思い悩むのは人に関することだけだ。それ以外のことは、たいてい自分で何とかできてしまうからだ。


「俺はバレーも仲間も執着しない。正直、友達とか恋人もね。家族はさすがに大切だけど、結構切り捨てられるものって多いんだ。だからその分、伊吹に執着しちゃってるかも」

「…かも、じゃねぇだろ……」

「あはは、バレてる」


薄々気付いていた。昼神もまた、伊吹を特別視している。それも、かなりの程度で。そうでなければこんな重い言葉は出て来ない。

それをまったく嫌だと思えない自分もまた、興味のない他人だとはとっくに思えなくなっていた。


「…でも、もうお前、こうやって遅くまで残る必要ねぇだろ」

「別に、家族と長くいたかったわけじゃないよ。単に気まずいから帰らなかっただけで、一緒にいたくないわけじゃないけどずっと一緒がいいわけでもない。俺はただ、伊吹と少しでも長く一緒にいたいんだけど?」


昼神に大丈夫だと励ましつつ、こうして夕方をともに過ごす理由がなくなることを気にする自分には気付いていた。
つい、昼神のジャージの裾を掴んで聞いてしまった声も、自分にしてはかなり細かった。昼神も伊吹のこの機敏に気付いていただろう。


「伊吹はかわいいね」


そう囁く甘い声はまるで麻薬のようで、思わずぎゅ、と目の前の肩に目元を埋めてしまった。



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