連載: rack up, good luck !−4
そして始まった第3セット、烏野の選手たちがコートに出て、青城の選手たちも小走りでコートに出始めたときだった。
その人が来たことは、まず、ギャラリーの黄色い声で気づいた。
「あらら!1セット取られちゃったんですか!」
ついで、そんな軽い声、それに対する女子たちの「及川さーん!」という喜声。
どうやら軽い捻挫で病院に行っていたらしい及川が、ここにきて体育館に現れたのだ。
コートでは相変わらず伊吹のことは気にせず、影山が及川のことを説明してくれている。マネージャーなのに選手を煩わせることだけはしたくなかった伊吹としてはありがたい。
せっかく日向の調子が戻ったのだ、このまま万全にやってもらいたいのである。
とは言ってもどうやって及川に試合の空気を途切れさせないようにできるか。マイペースを極める及川がそのような配慮をするわけがない。しかし伊吹は影山並みにコミュニケーションの経験値が低い、こんな難しい状況を潜り抜ける手腕などなかった。
1人で勝手に焦っていると、及川は「やっほ〜飛雄ちゃん」と影山をひとしきり煽ったあと、こちらについ、と目線を向けた。思わずびくりとしてしまうが、及川はそのまま何事もなかったかのように目線を逸らした。特に驚きのリアクションはない。
いったい何が、と思うが、その手にはスマホが強く握られていた。離れているのに、ミシミシという音が聞こえてきそうだ。もしかしたら、岩泉から事前に連絡を受けたのかもしれない。試合中にそれを中断させるようなことはせず、先ほど言ったように試合後にまとめて話す時間を設ける方針に賛成しているのだろう。
あれでこの学校のキャプテンだ、伊吹より空気の機敏に鋭い及川が試合を止めるようなことはしないということか。
それはそれで後回しにされたようで、むしろ恐ろしいような気もした。
このまま永遠に試合が終わらなければいいのに、なんて馬鹿げたことを思うくらいには現実逃避をしてしまうが、3セット目も優位に烏野が展開していき、結局最後の最後にアップを終えて参戦した及川も、殺人サーブを2本で切られて、日向の速攻によって2セットも烏野が奪って見せた。そしてついに、試合終了の笛が鳴る。
試合後、選手たちが整列して挨拶しているのを呆けたように見ながら、武田はパイプ椅子に力なく腰かけた。
「…すんごい」
気の抜けたようなそれは、感嘆や驚嘆というようなものより、どちらかといえば純粋な驚きという方が近い。
圧倒されるとはまさにこのようなことを言うのだろう。
伊吹だって、まさか青城に勝つとは思わなかったし、何より日向と影山の速攻がブロックを完全に振り切った鮮やかさに目を見張った。プロの国際試合を見たときにも似た、プレーへのワクワク感がすぐあとからついてきて、それが目の前で起きていることがどこか信じられないような気さえした。
澤村の野太い集合の掛け声とともに、選手たちが戻ってくる。気圧される武田に、菅原がこっそりと「先生、なんか講評とか」と耳打ちする。
ずらりと並ぶ選手たちは圧巻で、彼らを前に武田はしっかりと立ち上がり口を開く。
「えーと…僕はまだバレーボールに関して素人だけど…なにか、なにかすごいことが起こっているんだってことは、わかったよ」
今年度から顧問になった武田は国語の教師で、バレーについてはルールやポジションも勉強中だ。それでも、烏養監督がいた頃のような技術的指導者のいない部活を支えようと奔走してくれている。
その忙しさで、今日初めて新たな烏野バレー部のプレーを見ることになった武田だったが、素人の武田だからこそ見える部分があったようだ。
「…バラバラだったらなんてことない1人と1人が出会うことで、化学変化を起こす。今この瞬間もどこかで、世界を変えるような出会いが生まれていて、それは遠い遠い国のどこかかもしれない、地球の裏側かもしれない。もしかしたら、東の小さな島国の、北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。そんな出会いがここで…烏野であったんだと思った」
伊吹が目の当たりにした、中学最後の影山の様子。菅原から聞いた、日向の中学での部活の様子。2人はともにバレーが好きで、バレーをずっとやっていたくて、その思いが完全に叶うことはなかった。
それが、互いの力を最大限に引き出しあえる場で出会うことになった。
「大げさとかおめでたいとか言われるかもしれない。でも信じないよりはずっといい。根拠なんかないけど、きっと、これから、君らは強く…強く、なるんだな」
大人で、子供たちを導く仕事をしている武田だからこそ出てくる言葉なのだと思う。その必死な様子は、彼が本気でそう思っていることを如実に表していた。当の選手たちはあまり分かっていない様子で、武田はそれを見て「ポエミーだったかな!?」と焦っていた。しかし、こうして自分たちを信じてくれる人がいることは、たとえ技術的指導ができずとも、部活としてとても恵まれていることなのだ。