SS小話集−バレンタイン(青城)
青城2年マネ男主
バレンタイン
矢巾、京谷×主
「憂鬱だ…」
「いきなりなんだよ」
部活が終わり、部室に残って部誌を書いていた伊吹は、おもむろにそう呟いた矢巾に適当に返した。机に向かってシャーペンを滑らせる伊吹を邪魔するでもサポートするでもなく、伊吹と向かい合うようにして机の反対側で頬杖をついている。
「もうすぐバレンタインじゃん?期待するじゃん?何もないじゃん?しんどい…」
「ふーん」
「興味なさそうなのを隠しもしねぇな!」
「俺が興味津々に食いついたらどうすんだお前」
「引く、解釈違いでドン引きする」
「殴るぞ」
矢巾がモテたいと嘆いて伊吹がおざなりにするのはいつもの流れというやつで、互いに慣れたものだ。
「…一応、今年も俺は作ってくる予定だけど。俺のじゃ、不満かよ」
「……お前さ、たまに不意打ちでほんと可愛いのなんなの」
矢巾は面食らったようにしてから、苦笑して伊吹の頭を撫でる。ふと伊吹はまだ着替えていた京谷にも声を掛けてみることにした。去年はいなかったからだ。
「京谷、お前甘いモン食うの」
「…食わねぇ。お前不良のくせしてチョコ作んのかよ」
「や、作んのは餅。黒胡麻とか、甘いのとしょっぱいの」
「……お前、バレンタインって何か知らねぇのか」
京谷が不審な者を見るように見てくる。逞しい体をワイシャツの下に隠しながら、それでも会話になっているだけ京谷とのコミュニケーションは多くなった。
「これには水溜まりのように深い経緯があんだよ」
「お前たまにアホだよな」
「通年でアホに言われてもな」
「あ?」
「お前らすぐ煽るのやめろよ、バレー部が不良の巣窟だと思われるだろ」
次期主将となる矢巾の言葉はもちろん部活としての世間体という意味もあるのだが、いかんせん本人の言動を鑑みると、女子が怖がってチョコをくれなくなる、という意味もありそうで、同じくそれを察していた京谷と顔を見合わせてしまった。
「……まあいい。いいか京谷、バレー部は青城でも強豪チームだけあってそこそこモテるらしい。及川さんとか岩泉さんは単体でもモテるけどな。だから全員甘いモン、特にチョコとかクッキーがつらくなって、俺は仕方なくしょっぱいヤツか、甘さの種類が違うモンにしたわけだ」
「そこのアホはチョコが欲しいんじゃねぇのか」
「俺のことかおい。いや欲しいけど、去年は先輩と部活宛の処理してたからすげぇきつかった。だから、伊吹の餅がありがたくてさ…及川さんたちが自由登校だから、今年は直接渡せない分、部活宛が増えるかもしれねえ。なんなら、1年に国見や金田一みたいなモテるヤツが増えてしまった…」
「おいそれと捨てられる量でもねぇからな、ある程度は仕方なくても、全員ノルマがある。食えなきゃ部活出らんねえぞ。そんで、京谷も餅いるか」
「……いる」
素直に言った京谷に思わず苦笑する。さすがに、練習できないのは嫌なようだ。3年がいなくなり、いよいよ京谷がいる練習風景も当たり前になった。
「さすがに口直しは必要だよなぁ」
「……別に、口直しじゃなくても、答えは同じだった」
すると京谷は少し小声でそんなことを言った。口直しでなくても、ということは、それが単なる伊吹からのバレンタインであったとしてもいると答えたという意味だろうか。
「京谷お前……伊吹は修羅の道だぞ」
「分かってンだよ。でも、あの人らがいなくなったらこっちのモンだろ」
矢巾と京谷の会話が突然伊吹には理解できない話になって、つい目を瞬かせる。
「お前も、本命くらい狙いに行けばいンじゃねェの。友達枠に収まりてェなら話は別だけどな」
「っ、やってやろーじゃんかよ、来年のバレンタインが見物だな!……と言いたいところだけど、横から渡とか金田一とか国見にかっ攫われる可能性の方が俺らより高いのが事実だからな」
「……チッ」
話の流れ的には二人に共通の思い人がいるかのようだが、金田一たちも知っているとなると該当する人物が思い付かない。
首を傾げていると、唐突に京谷がデコピンをしてきて、「い″って!」と呻いたあとに矢巾がそこを撫でてきた。いきなりなんだと京谷を見上げれば、京谷は珍しくニヤリとした。
「来年は、俺に本命寄越せ」
「俺に本命渡したいって思わせっから」
矢巾までそう言ってきて、伊吹はしばらくその言葉の意味を理解するのに時間をかけ、そしてガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
「へっ、な、お前ら、まさか、」
「まっ、とりあえず今年は口直し用のヤツよろしくな〜」
「……送るから早く書け」
「おい送り狼は許さねえぞ京谷!」
「お前には言われたくねェな、送るために残ってたくせによ」
呆然とする伊吹を余所に二人は話を進めていく。どうやら本気らしい。
主将とエースに言い寄られるマネージャーとはありがちな話だ。ただし、全員男だが。
3年がいればこんなことには、と思った伊吹だったが、実は3年がいたらもっと酷いことになっていたとは知るよしもなかった。