SS小話集−バレンタイン(白鳥沢)
白鳥沢2年マネ男主
山形×主
バレンタインのどことなく浮かれた空気感は、受験期間中の3年生のフロアに漂うことはなかったが、寮の中にはむしろ他より濃厚に存在しているように思えた。
マンモス校である白鳥沢といえど寮には限りがあるため、入れるのは一定以上の通学路線距離のある者、推薦入学に入寮の条件がある者、そして割り増しの利用料を払った希望者などとなっている。
バレー部のレギュラーの大半はスポーツ推薦に入寮条件があるため寮におり、一般入学である白布だけが利用料割り増しで支払って入寮している。仙台の都心部にあるだけあって、この学校に通えない路線距離はかなり長く設定されている。白布は両親が医者であるため、いわゆる「金持ち枠」であった。
ただ、いくら金があっても寮に入りたいという希望を通すにはそれだけの説得力が必要で、実際に白布はどうしてもバレーがしたいという思いに加えて医学部に必ず入るという条件まで自ら課すことで親を説得したらしい。
伊吹は学業推薦であったため、条件ではなく「利用可能」という特典扱いだった。
そうして白鳥沢バレー部レギュラーとマネージャーである伊吹は、バレンタインをこの寮で迎えたわけだが、男子寮は男子しかいないのになぜかバレンタインのムードに完全に染まってそわそわとしている。
理由は簡単、自由登校の3年生を含め、ここには学内でモテる運動部で活躍する者の大半がいるためだ。校舎にはいない3年生に対しては、寮のポストに大量に投函されており、定期的に寮監がそれを取り出してはロビーの臨時の机に無造作に置いている。それを男子たちが確認しに来ては、自分宛のものがあるか探すのだ。
そういったことに興味がない牛島は最もポスト投函を受ける立場であるにも関わらずこの確認を行わないため、机はチョコで溢れており、夕方頃にはしびれを切らした寮監が「3年3組牛島若利君、ロビーに大量のチョコがあるので早く引き取りに来なさい」という異例のアナウンスをするほどだった。後に伝説として語り継がれることとなる。
それは特異な例で、他の男子たちはあえて何度も行かずに「ちょっと通りかかっただけ」とか「様子を見に来た」とか「友人のを取りに来た」という体裁でロビーに足を運んでいるようだ。何も持たずに部屋に帰る言い訳をする苦しい会話を何度も耳にしてムズムズとしてしまった伊吹である。
そんな日に、伊吹は寮の3年生のフロアを訪れた。夕食も終えて、さすがに浮ついた空気も落ち着いた頃合いだった。
この学園にスポーツ推薦で入った生徒たちは同じようにスポーツ推薦で大学へ行くことが多いため、大学が近ければ練習に参加して不在にしていることも少なくない。
目当ての扉をノックすると、扉からは目当ての人物だけが出てきた。
「お、伊吹か」
「ちわっす、山形さん」
訪れたのは山形と瀬見の部屋で、瀬見は仙台市内の私大に推薦が決まっており今日は練習がてら実家に帰るらしい。そう言いつつ、恐らく山形と伊吹のために空けてくれたのだろうな、と内心で思っている。
山形と伊吹は、同性ながら恋人関係にあり、バレンタインである今日は山形の誕生日でもあった。
気が遣える瀬見は、3年生の間は正セッターから外されてはいたが、きちんとした大学から推薦をもらっている。鷲匠が大学との練習試合で比較的瀬見を白布の代わりに出すことが多い時期があったが、恐らくそれは大学関係者の目に瀬見を止まらせるためだ。自ら推薦で白鳥沢に呼んだものの、結局は牛島を活かすため白布を起用したため、瀬見の未来をこれ以上険しくしないように、という鷲匠の配慮だろう。厳しい人だが、優しい人なのだ。
その瀬見と同室の山形は、東京の私大に推薦が決まっている。推薦に大きく影響するインハイで全国に行っているため、レギュラーメンバーは優秀な大学に決まっていた。バレーで有名な大学はほとんどが東京に集中しているため、東京への進学率は高い。
つまり今は、卒業まで、正確には退寮まで一緒にいられる時間を最大限ともにする時期とも言えた。