SS小話集−カイロ要員(梟谷)
梟谷2年マネ男主
木兎×主
普段、木兎と赤葦は自主練で最後まで残る常連で、レギュラー勢ももちろん残りはするのだが、閉館ギリギリまでいるのはこの2人だ。
木兎は時間など見ないし、赤葦も真面目だがバレー馬鹿なのは同じで、いつも一緒に残る2人が締めの作業をやっていくことも多かった。
しかし今日は赤葦が家の都合で早くに帰ったため、伊吹がボール出しとして木兎に付き合うことになり、気付けば20時を過ぎていた。やはり春高前だからだろうか、木兎にもかなり熱が入っている。
結局2人きりとなり、伊吹がさすがに「もう時間なんで」と強引に切り上げる形となった。
この時間でも不貞腐れる木兎に蹴りの構えをすれば、その痛みを知る木兎は渋々片付けに入り、2人は体育館を閉じて部室に戻った。
伊吹は着替えてから日誌を書き始め、木兎も遅れて着替え終わる。
「どんくらいかかる?」
「日誌書いて、鍵を職員室に返すんで、15分くらいっすね。先帰ってていっすよ」
「ダメ、もう遅いし送る」
「送るって…」
ここから最寄り駅まで10分もない。それに、住宅街といえど東京だ、明るいし人も多い。
「伊吹は可愛いから危ねーだろ!」
「可愛くねぇし自衛できるんすけど」
「いーから!早く帰って欲しいんなら早く書いて!」
木兎は口で言いくるめるのを早々に諦めた。元はと言えば木兎の字が読めないから日誌を伊吹が書くようになったのだが、それはもう言っても仕方ないことだ。
伊吹は強引な木兎にそれ以上言うのを諦めて続きに取り組んだ。
そうして書き終わる頃には20時半を過ぎていて、2人は鍵を返してから正門を出て帰路につく。
校舎を出てから急速に感じていた寒さがいよいよ体に突き刺さり、制服にコートを着た2人も凍える。木兎はそれでも「さっみーな!」と然程寒くなさそうにしているが、寒さに弱い伊吹は無言になってしまった。
「今日冷えるっつってたもんな〜。伊吹大丈夫か?」
「……大丈夫じゃねえっすけど」
震えながら言えば木兎はケラケラと笑う。「俺は元気!」と聞いてもいないことをのたまったため、伊吹は軽くその腕をぼすっと殴った。気にせずに腹が減っただの打ち足りないなどと騒ぐ姿は本当に寒くなさそうだ。
そういう子どもっぽいところもあって、ひょっとして木兎は体温が高いのではと考えた伊吹は、エナメルバッグのベルトを掴む。
立ち止まってバッグを引っ張られた木兎は驚いてこちらを振り返る。
「え、どした?」
「……ちょっとこっち向いてください」
「?おー」
不思議そうにしつつも応じた木兎は立ち止まってこちらに体を向ける。正面で向き合ったところで、伊吹はベージュのダッフルコートを着ている木兎におもむろに抱き着いた。
ギョッとする木兎を気にせず、コートの腰あたりを掴んで、マフラーをしていないため晒された鎖骨あたりの首筋に顔を埋めた。
「ど、どした?!なんかあった!?」
「……なんもねえっすよ。寒ぃだけっす」
「マジかぁ〜…」
木兎はようやくそこで伊吹を抱き締め返してくれた。マネージャーとはいえ男の後輩にこうしてくれるあたり、やはり優しい人だと思う。
底抜けに明るい木兎のイメージに違わず温かい体温を享受していると、耳元で木兎はクスクスと笑い出す。
「……?」
「やっぱ伊吹は可愛いな?」
「…なんすかいきなり」
「だって、寒すぎて思わず抱き着いてくるとかさぁ、そんなん可愛いすぎんだろ。人目も気にせずによ」
「あ……」
「…見られてっけど、いいの?俺はいいけど」
内緒話をするかのように囁いた声は明らかにからかいの色を乗せていて、まったく思い至らなかった伊吹は愕然とする。
周りに視線をやることができない。伊吹は羞恥が途端に湧き上がってどうしようもなくなり、つい、木兎の腹に拳を入れてしまった。
「いって!!なんで!?」
「すんません、つい」
「理不尽!!!」
固い腹筋のおかげで木兎はあまり痛くなさそうだったが、理不尽なのは確かにその通りだ。
勝手に抱き着いておいて殴るのは実際横暴だった。
「お詫びにもし木兎さんが寒くなったら抱き着いてきていっすよ」
「マジ!?よっしゃ!!」
何が嬉しいのか分からないが、木兎が寒いときは伊吹も寒いため結局は伊吹に利があることに気付いていないようだ。
しかし気付いていたとしても、なんなら伊吹がもっと適当に謝ったとしても、許してくれるのだろう。そういう度量の深さと暖かい優しさは、いつでも心地良いものだと感じられるのだ。