SS小話集−カイロ要員(井闥山)
井闥山2年マネ男主
古森、佐久早×主
「くっそさみぃ…」
「柄わり〜」
吹き付ける風の冷たさに首をすくめた伊吹を、隣の古森が笑う。体育着のジャージは、東京の私立高校だけあってそれなりにお洒落ではあるのだが、あまりに防寒機能に乏しい。子供は風の子などと言い出した者を殴り飛ばしたい気持ちになった。
現在は体育の授業で、広いグラウンドに散らばった男子たちはひたすら長距離走をやっている。3000メートル走は冬の体育の大半を占めるもので、待っている間はただ寒い時間を過ごす。
砂がつくからと座りたがらないのは井闥山学院バレー部のエースである佐久早で、佐久早に合わせて伊吹と古森も立っていた。他の男子はほとんど座って待っている。
「…伊吹、マネージャーって言っても普通に運動部だったよな」
寒いと呪詛のように呟く伊吹に対して、鬱陶しそうに佐久早が言ってきたため、伊吹は古森を挟んで反対側にいる長身を睨み付ける。一年の頃は伊吹が睨み付けるたびに佐久早もびびっていたが、今ではすっかり慣れているようだ。
「しかも東北出身じゃん!ザコ!」
「うっせえ殴るぞ」
古森もケラケラと笑ってからかってくるため、伊吹は拳をちらつかせる。途端におとなしくなった古森だが、ふと、伊吹はこの180センチのリベロが暖かそうだと気づいた。
同じようにジャージ姿だがまったく寒くなさそうで、いつも通りの快活な様子だ。恐らく寒くないのだろう。体格のいい古森も佐久早も、やはりさほど寒く感じていない。
「…古森、」
「ん?」
伊吹は隣に立つ古森にそっと近寄り、その腕を掴みながらくっついてみた。肩に頬をつけて半身を触れさせると、古森は少し驚いたようにその麻呂眉をひょいっと動かした。
「そんなに寒い?」
「…わりぃか」
「いーや?珍しく甘えてくるから役得だなぁって」
「別に甘えてねぇわアホ」
「ふーん」
変な言い方をするなと睨むが、古森は気にせず伊吹の肩を抱き寄せると、正面から抱き締めてきた。遠慮していた伊吹に対して、無言で「遠慮するな」と言っているようだ。抱き締められることで触れ合う面積も増えて温もりが増す。
「…男二人が何してんの」
すると、それを見て佐久早は引いたような声を出した。潔癖症のきらいがある佐久早からすればおぞましくすらあるかもしれない。
「おいおい男の嫉妬は見苦しいぞ〜佐久早〜」
「嫉妬じゃねぇ。つか嫉妬する要素なんだよ」
「俺のように温もりのある男に見えなくて?」
「はぁ?」
古森に煽られて、米神が引き攣って額に並んだほくろが動く。伊吹は古森の首元から視線を佐久早に見上げた。
「実際お前、そんなあったかくなさそうなのは確かだな。ま、お前こんなくっつかれんの嫌だろ。さすがに、冗談でも嫌がることはしねぇし」
佐久早は本気で人との接触を嫌がる。先輩に絡まれたり、女子に言い寄られたりする際に触れられることがあまりに嫌で、一年のときにストレスで参っていた。思えば、エース格の選手が機能しなくなるのは避けたいと思った伊吹がマネージャーとして佐久早がそうした事態に陥っているのを助けるようになってから、こうして一緒にいるようになり、今年は同じクラスになったことでいつもそばにいるようになった。
伊吹が近寄らなくても佐久早からこちらに来るし、その距離感が当たり前になっていた。
そんな背景もあったため、普段はよく殴る蹴るの暴力を振るう伊吹であっても、佐久早にはそうしたことはしなかった。佐久早自身、あまり伊吹に対してからかったり失礼なことを言ったりということをしないこともある。
「……別に、伊吹なら、平気だけど」
「え……」
しかし佐久早は、おもむろに視線を外すと、もごもごとした声でそう言った。あの佐久早が触れられることを認めるとは。いや、たまにことあるごとに「伊吹ならいい」と言っていたが、古森に抱きついているのだ、これほどのゼロ距離まで大丈夫だとは思わなかった。
「だって伊吹、良かったね」
「なんか、懐かない猫が懐いてきた的なモン感じる」
「誰が猫だ」
佐久早はぶすっと言ったが、これはなかなか的を射ていると思う。伊吹は古森から離れると、そっと佐久早の二の腕あたりに額をぶつけるようにくっついてみた。身長差が20センチに近いため、少し頭を下げれば簡単に佐久早の肩のラインより下に目線が来る。
「…お前のがよっぽど猫っぽいだろ」
「俺も佐久早に同意〜」
「はぁ…?」
伊吹が早くしろとばかりにぐりぐりと額を押しつけると、押し殺したように佐久早が言って、ぐいっと腰を抱き寄せるようにして抱き締められる。古森も軽い口調ながら同意していた。
「それに、実際ネコだしな?」
「…おい、下ネタ」
そして古森が言った言葉に佐久早が呆れたように返す。一瞬伊吹はなんのことか分からなかったが、男同士で行為に及ぶときに、抱かれる方を指す言葉だと気づく。決してこれまで抱かれたことなどないが、たまに古森と佐久早が伊吹に触れるとき、危ないな、という雰囲気になることはあった。
二人の意図を察した伊吹は、とりあえず、牽制もかねて佐久早から離れると二人に肩パンを食らわせた。慣れている古森はともかく佐久早は初めて食らったため、呻きながら肩を押さえる。
ちょっとこれからは警戒しよう、と思いつつ、結局二人から距離を取ることなどできないであろう自分にも、本当は殴りたい気持ちになった。