SS小話集−例のサメ(国見)
高3国見×大学生主
大学に入ると同時に仙台市中心部のアパートで一人暮らしを始めた伊吹の家には、まるで自室のようにしょっちゅうくつろぐ国見の姿があった。
国見もさほど離れていない住宅街で暮らしているため、多少時間が遅くなっても許していた伊吹だったが、もちろんそれだけが理由ではない。
卒業するときに国見の告白を受けた伊吹は、そのまま付き合い始め、今は高校生の恋人という響きになった途端に犯罪感が出てしまう現状を持て余しつつも家に入り浸る国見を追い出すことはできなかった。
淡泊そうな今時っぽい国見であるが、やはり高校生だけあって夜まで伊吹の家にいるときは大体手を出される。高校三年生になってさらに背が伸び筋肉質になった国見に押し倒されては抵抗もできないが、伊吹だってよっぽどのことがなければ拒否しない。それもあって、国見はどんどん同棲に近いくらいこの部屋にいる。
すっかり国見が家にいる光景が板についたな、と伊吹はバイトを終えて帰宅するなり出迎えた国見に内心で思う。いつも通り薄い反応で「おかえりなさい」と言って迎える国見だが、その声音は毎度嬉しそうで、感情表現がさほどわかりやすくはない国見のそんな様子にほだされない方が無理だ。
少し疲れていた伊吹は、玄関の扉が背後で閉まったのを音で確認してから、国見の肩に頭を預ける。玄関の段差があることを差し引いてもやはり身長差があるため、鎖骨に額をつけるような形になる。国見は「お疲れ様です」と丁寧に言って後頭部を撫でてくれた。
露骨に癒やされてから、伊吹は体を離して室内に入った。
何の変哲もないワンルームの単身者向けのアパートは、短い廊下に水回りとキッチンが両サイドにあり、そこを抜けると寝室となる。布団派であるためスペースはそこそこ広く感じられるようになっている。
国見はテレビ代わりに使っている大きなディスプレイのパソコンでサブスクのドラマを見ていたらしく、左側の壁に面しておかれたパソコンを前に座椅子に座っている。その座椅子には国見が持ち込んだサメのぬいぐるみがいた。
有名な某北欧系量販店のぬいぐるみは国見のお気に入りで、場所を取るもののそれを置くことを許したのは伊吹もなんだかんだこのサメを抱き締めてパソコンを弄ることが多いからだ。
しかし、国見は慣れたように座椅子に戻ってサメを抱き締めてドラマを再開する。伊吹はいつもこのまま夕食の準備をして、国見に食べていくか尋ねる。だが、国見が伊吹への関心を示さずもうサメを抱き締めているのを見た伊吹は、なんとなくダルく思われる絡み方をしたくなった。
「…おい国見、お前、俺がいんのに何サメ抱き締めてんだよ」
「……え、」
いきなりなんだ、と見上げてくる国見の困惑におかしくなりつつ、伊吹は国見の横に腰を下ろすと、その肩に思い切り頭突きしてぐりぐりと頭を押しつけた。
「え、えっ、なんスか」
「俺とサメどっちが大事なんだよ」
「伊吹さんですけど……」
思いのほか即答した国見に、思わず伊吹は顔を上げる。少しは照れるかと思ったが、北川第一で出会ってからもう6年目になる、国見もだいぶ遠慮がなくなっており、それは恋人という関係になっても同じようだった。
思わぬカウンターを食らった伊吹はつい黙ってしまう。それを見た国見は、おかしそうに口元を緩めて首をかしげた。
「自分で仕掛けておいて照れてるんですか」
「…うっせーな」
「伊吹さんかわいい」
図星を突かれて視線をそらす。国見はクスクスと小さく笑うと、サメを横に置いて伊吹をそっと、しかし力強く抱き寄せた。それに抗わず、伊吹は国見の膝の間に移動して座椅子に若干座った。包み込まれるように抱き締められ、首筋に顔を埋める伊吹の頭を撫でつつ耳元に唇を寄せる。
「そうやって、俺ら後輩には遠慮なく接してくれたの、みんな好きでしたよ。俺が一番好きでしたけど」
「……あっそ。去年の後半とか、お前もうただの後輩やめてたくせに」
「それに気づいてて受け入れてくれたから本気だしたんスよ、褒めてくださいよ」
「…後半から温存した体力使うタイプだもんな」
「そうです」
後輩として言いつつ、この後輩は伊吹の代最後の春高の時点で、後輩としてではなく男として伊吹を落としに来ていた。それを知って受け入れたのは伊吹だ。
確かに後輩には遠慮がない伊吹だが、しかし国見へのそれはまた別だ。本人も分かってそれを言っている。本当に、一筋縄ではいかないやり手な恋人に伊吹は苦笑する。
そういうところを好きになってしまった自分に救いようがないな、と内心で笑いつつ、悪い気はしなかった。