連載: rack up, good luck !−3
伊吹はすぐにネットをくぐると、松川と花巻のところに向かい、ポケットに忍ばせていたテープでテーピングを施す。
「大丈夫ですか」
「そんな強いスパイク打つとか聞いてないんだけど」
花巻の気の抜けたような喋り方は、痛みを堪える硬さもあった。手早く綺麗なテーピングを行えば、松川はため息をつく。
「自分で打ったスパイクで痛めた相手の指をテーピングするマネージャーとか情報量多すぎでしょ」
「相変わらずなんでもそつなくこなすな、お前」
岩泉も伊吹の手際を見て懐かしそうにする。言われたことをそのまま実行できた中学時代のことを振り返っているようだ。合格点を取れるというだけで、決して伊吹は天才的なプレーヤーではなかったが。
「…俺は、天才でもねぇし、同じくらい強いスパイカーも知ってます。けど、それでも…」
伊吹がバレーを楽しくプレーできたのは、間違いなく及川と岩泉のおかげだった。二人とやるバレーはいつでも刺激的で、楽しかった。ずっとやっていたかったのだ。
「俺だって、あんたらとバレー、したかった…」
離婚のことはそこまで気にしていない。でも、バレーをプレーできなくなることは、やはり悔しかった。今まで言ったらダメだと封じてきたその気持ちは、今、自分のスパイクでその蓋を壊したのかもしれない。
そんな伊吹の呟くような言葉に、及川はぐっと口元を引き締める。そして岩泉は、くしゃりと伊吹の頭をかき混ぜた。
「っ、」
「…本当に、悪かった。これで仲直りな」
「…っす」
仲直り。もう、同じ部活でプレーすることはないけれど、今までのように気に病むことはない。同じ市内に住んでいるのだ、一緒にやる機会だってまたあるだろう。何より、心の距離が、もう遠くない。
センチメンタルな空気は、やはりというか、及川が払拭すべく口を開いた。
「ん〜、それにしてもやっぱ、自分のトスで三枚ブロックをぶち抜かれるのは快感だよねぇ〜」
いつものように、少し性格の悪いことを言って伸びをする。それなら伊吹も、中学時代いつものようにしていた通りの返し方をするまでだ。
「…じゃ、もう帰っていっすか」
「塩対応!せめて連絡先くらい交換して!」
やることを終えた伊吹は踵を返そうとするが、及川は慌てて伊吹の肩を抱いて引き留めた。懐かしい距離感と甘い匂いに思わず足を止めると、及川はさっと伊吹のポケットからスマホを取り出し、勝手に連絡先の交換を始めた。
「たくさん話そうね」
「…俺が連絡不精なの、知ってんでしょ」
「知ってるよ、俺から連絡するからさ。ね?」
「…勝手にどーぞ」
伊吹はいよいよ及川から離れると、烏野のところに戻ってくる。見慣れた面々を見るとなんだか安心してしまい、思わず息をついた。
***
体育館の外でもう一度挨拶をして、ようやく帰路につく。影山はここから帰った方が近いのだが、一度バスに乗って烏野に戻らなければならない。
広い敷地内を歩き始めると、さっそく日向が伊吹をキラキラとした目で見上げて来た。
「朝倉さん!さっきのスパイク、すごかったです!!おれ、さっきブロックにめっちゃ掴まって…躱すしかなかったのに、正面突破!」
「あれくらい、できるヤツごろごろいるからな」
「でも!そういうのって、でかくてごつい人がやるじゃないですか!朝倉さん背ぇ高くないし細いし!」
純粋な言葉なのだが、だからこそある意味むかつくもので。ぴくりとする伊吹に、こっそりと田中が笑っていた。
「ほんと、どっからあんなパワー出てるんですか、細いのに」
「お前人のこと言えねぇぞ月島」
すると日向に乗っかるように月島もそう言ってきたため、その細い腕をどついておいた。伊吹よりは太いのは事実だが、大した差ではない、と思いたい。
「伊吹は、力が強いんじゃないぞ」
1年生たちの疑問には、面倒にしていた伊吹ではなく澤村が答えた。いくら選手ではないと言えど、烏野には思い切りスパイクをぶっ放せる者もそうおらず、伊吹はよく練習相手としてスパイクをしていた。その過程で、伊吹も話したことがあった。
「伊吹は空手をやっていてな、それがめちゃくちゃ強い。それで鍛えた体幹であのスパイクをやってる。伊吹は力が強いんじゃなくて、力の使い方がうまいんだ」
空手は、素手で人を殺すための武術だ。最小限の動きで最大限の力を発揮できなければ、人間を殺すことなどできない。伊吹は地力こそ強くはないが、空手で得た体幹や力の使い方を北川第一でバレー仕様に変えて先鋭化させたわけだ。