アルコールと春の夜−2
「マジでイケメンじゃんやっば!」
「黒尾の後輩ってマ?」
「マジっスよ」
黒尾が軽い敬語崩れの口調で答えると女子たちはまた騒ぐ。一年生の女子もちらちらこちらを見ていた。黒尾だって背が高くスタイルも良い、顔立ちも整っていて高校時代からモテていた。何よりも、黒尾の纏う独特の雰囲気が人を惹きつけるのだ。
「おい見苦しいぞ三女〜」
「うっせー!」
三年生の男子がはしゃいでからかうと、黒尾の周りに集まっていた女子は口悪く返す。
「華の一女」「嫉妬の二女」「ババアの三女」「屍の四女」という進化系らしい女子大生に対して、男子学生は学年が上であるほどモテるとのことだ。
正直まったく興味のない伊吹にしてみればみんな一緒なのだが、やはり男女ともに上の学年の方があか抜けているように見えるのは確かである。
「おらイケメン飲め〜」
「イケメンすぎて腹立つから飲めよ〜」
からかっていた男子たちは矛先に向ける。背後に立って伊吹にジョッキを押し付けてくるため、受け取ってとりあえず飲む。苦いビールの味は、他の学生が言うほど嫌いではなかったが、途端に香るアルコールの匂いに少し顔をしかめた。好んで飲もうとは思わないな、というのが第一印象だ。
黒尾は表情を変えずに、しかししっかりとこちらを見ていた。絶対に無理はさせないという強い意志を感じる。場の空気を壊していたずらに伊吹が目立つことのないようにしつつもラインは超えないように見張る、まさに黒尾らしい姿勢だった。
きちんとそれを理解している伊吹は、ジョッキの半分くらいまで飲んでから口を離した。無理をさせるわけにはいかないという理性は他の先輩たちも一応は持ち合わせていたようで、お咎めはない。
「朝倉君だっけ、彼女いるの?」
伊吹がジョッキをテーブルに置くと、黒尾の背後に立つ女子がそう尋ねてきた。いつしかこの先輩たちと黒尾、伊吹がひとつの塊になっていて、テーブルの反対側にいる新入生たちが見ているような形だった。少し離れればもちろんほかの上級生が新入生と絡んでいる。
「…いねぇっすけど」
彼氏はいるが。そう心の中で付け加えつつ返すと、また女子たちが騒ぐ。それを男子がからかっている空気は慣れた様子で、恐らくこの上級生たちは伊吹のことを本気でどうこう思っているわけではなく、会話を作りやすいからそうしているだけなのだろう。
「でもすぐできるだろ〜どうせ。腹立つからもっと飲め」
男子学生はいわゆる男子のノリというやつでいじってくる。そうして、伊吹の様子を見て急性アルコール中毒にはならないだろうと判断して、ピッチャーからジョッキにまたビールを注いだ。
伊吹としては、先ほど一気に半分飲んだものがすでに顔に来始めていて、体が火照っているような感じがする。両親はともに強くはなかったため、恐らく伊吹もアルコールに対して決して強くはないだろう。
どうやら上級生たちは放っておかれている対面の新入生にターゲットを設定したらしく、伊吹から意識をそらす。新入生たちも伊吹たちから上級生に顔を向けた。
彼らがこちらに意識を戻したときに飲んでいなかったら面倒そうだ、とジョッキを見てため息をついたそのとき、隣の黒尾がジョッキをすっと交換した。
自身の空のジョッキを伊吹の前に置いて、そして伊吹のビールを一気に飲み干す。目立たないよう一瞬で飲み切った黒尾はジョッキを置くと、ぽかんと見上げる伊吹を見てニヤリとした。
「今度二人で飲んでペース勉強しような」