連載: cuddle eagle struggle−2


入学式はつつがなく終了した。軽く式典の進行は説明されていたが、高校生ともなればこの手の式の流れはだいたい理解できる。
とりわけ伊吹は、この式典の重要なパートを担っていたため、尚更だった。

新入生挨拶、その学年で最も優秀な生徒が行う名誉ある部分を、不幸にも伊吹は任されてしまっていたのだ。最初にこの話を聞いたときは断りたかったが、特待生として入学したからには、あまり反抗したくなかった。

朝倉伊吹、と呼ばれて返事をして、校長の前で堅苦しい言葉を並べるだけの簡単な仕事だが、これで現時点における唯一の学年全員が名前を知る生徒となってしまったわけだ。
成績優秀者を募る学業推薦入試においてトップの成績だった伊吹は、特待生として入学金や授業料など学費を全額免除されている。もちろん、それを維持するためには相当な努力が必要となるものの、そもそも伊吹はシングルマザーの家庭でもあるため、特待生でなくとも学費はほとんどない。それでも、入寮してもその料金がかからない特待生という制度に強く惹かれ、受けてみれば受かってしまったのだ。

両親は農家に生まれ、農家として結婚を許されたにも関わらず、それをせずに仙台市内で空手教室を開いた。赤字経営の末に家庭もうまくいかなくなり、弁護士なども特に通さず離婚調停を自分たちで解決させ、伊吹の親権は母親に渡った。それが中学2年終わりのことで、父親とも伊吹は連絡を取っている。父親に徹底的に叩き込まれた空手の実力はそれなりだったようで、中学時代は空手で鍛えた体を生かしてバレーボール部のエーススパイカーをやっていた。
ただ、この離婚で経済的な余裕がなくなってしまい、伊吹は高校では少なくとも選手をやるつもりはなかった。入寮したのは、母に光熱費などの養育費をなるべく負担させないためで、奨学金を得て特待生として入学したのも学費を一切払わせないためだ。

それでもバレーは好きだったから、マネージャーでも募集していないだろうか、と淡く考えている。それに、この学園にはもう1つ縁があった。それを頼るのもありだな、と思考を巡らせていると、あっという間に式典は終わってまた教室に戻って来た。担任が今後のことを話したあと、この日は早々に解散となる。
部活はいつから一般に入部を受け付けるのだろう、と思っていると、肩を叩かれた。

後ろからの気配に振り向くと、あの背の高い男子がこちらを向いている。


「朝倉君?だっけ。頭いいんだな」

「…まぁ、そうなんじゃね」

「ふは、他人事。てか愛想わっる」


けらけらと笑う様子に悪意はなく、単純にそういうサバサバしたヤツなのだと分かる。不快ではないがどういう意図で話しかけて来たのだろう、と思っていると、男子生徒は「一緒に帰ろ」と言って立ち上がる。


「俺は川西太一。バレーの推薦で来てっから寮なんだ。朝倉君も特待生なら寮っしょ?」

「呼び捨てでいい。てかよく特待生だって分かったな」


特に一緒に帰ることを断る必要もないし、帰る先が同じなら断る方が面倒だ。伊吹も立ち上がって川西と並ぶと、その身長差がはっきりと分かる。伊吹は170センチちょうどのため、恐らく15センチは差があるはずだ。


「ん、じゃあ伊吹って呼ぶね。新入生挨拶やんのは特待生だって先輩が言ってた」


しれっと下の名前で呼ばれ、少し伊吹は面食らった。表情に乏しく読めないヤツながら距離感は近めだ。指摘せず、「ふーん」とだけ返した。推薦だけあって、もう練習には参加しているのだろう。
それにしても、やはり推薦、それもバレーだったらしい。ちょうどいい、伊吹は部活の話を振ることにした。普段は話題を振ることなどほとんどない。


「やっぱバレーか、タッパあるもんな。俺も中学はバレー部だったんだけど、マネージャーって募集してんのかな」

「お、マジか!偶然だなぁ。マネージャーはどうだろ、いないっぽかったけど。1年がそういう雑務はやるらしいし。てかどこ中?」

「北川第一」


マネージャーはいないらしいが、募集していないのかまでは分からない。中学のときは、部長がモテすぎてマネージャーを募集しなかった。そういう特殊な理由があるかもしれない。
2人は廊下に出て昇降口へ向かう。端のクラスのため、少し歩かなければならなかった。





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