連載: cuddle eagle struggle−ド天然大エース
10時45分くらいにフロントに集合した2人は、バレー部が活動する体育館へ向かう。いくつかあるうち、最も大きな体育館だそうだ。球技で最も活躍著しい部活としての歴史が長いため、特別扱いを受けているようだった。
広大な学園では、寮と校舎こそ近いが、寮から体育施設まではそれなりに距離がある。歩いて15分かかるかどうかといったところだ。それでも、運動部が最大限時間を有効活用するのに寮はとても有用だった。
学業特待生も、もちろん時間を最大限使うために寮の部屋が無償で与えられている。きちんと食事もとれることもあって、本当に恵まれた環境だ。
しばらく歩いて、大きな体育館へたどり着く。一際大きな声が響き、熱気が伝わってきそうだった。ちらほらと、推薦の1年生もいる。全員ジャージ姿で、もちろん伊吹も一応ジャージで来ていた。
体育館の開放された入口からは、大きな館内を埋める選手たちが見えている。白に紫のジャージは、強豪として全国的に有名だ。その入口のところで、川西は先にシューズを抜いて館内履きに履き替える。
「じゃ、俺先に監督に声かけてくるから、大丈夫そうだったら呼ぶな」
「おー。あ、そうだ、呼べるようなら呼んで欲しいんだけど、」
偏屈な爺さんだと聞いている監督のことだ、あまり良い返事も期待できないので、コネを使おうと川西に言おうとしたときだった。館内を見渡していると、ばっちり、その人物と目が合った。視力がムダにいい幼馴染は、即座にこちらに気づいて目を見開く。事前に入学するとは伝えていたが、実際に会うのはかなり久しぶりだ。
「伊吹ッ!!」
「声でけぇな」
突然とんでもない声量で叫んだそいつの声に、体育館にいた全員がびくりとして、一瞬静寂に包まれた。直後、ボールがあちこちで落ちる音がしてバウンド音が断続的に響く。
その中を、こちらに向かってドスドスと走ってくるそいつの視線を辿って、全員の目がこちらに向いた。川西はさっとそこから離れて視線から外れる。危機察知能力は重要だが、会ってすぐのこいつに視線除けを期待した伊吹もバカだった。
「ちょ、若利、」
「待っていた」
あっという間にたどり着いた大柄な男子は、入り口で立ち竦む伊吹をがばりと抱き締めた。圧迫感で心臓が飛び出そうになる。
「うぐっ…!死ぬ…ッ!」
「おい何してんだ若利ィ!!」
練習を中断して熱い抱擁をかますのを見て、名匠・鷲匠監督の怒声が響き渡る。そりゃ怒るだろう。
それも、すでに大エースとして全国に名を轟かせる、牛島若利の奇行だ。何事かと思うはず。
牛島若利、伊吹の幼馴染で、中等部からこの学園に通うバレー部のエースだ。
若利は伊吹を連れて鷲匠の方へ歩き出す。慌てて靴を脱いで、靴下で滑らかな床を歩いた。川西も少し離れてついてくる。
パイプ椅子に座る鷲匠の前に連れ出された伊吹、若利の突然の行動に驚いて固まったままの選手たち。鷲匠の隣に立つ優しそうなコーチらしき男性も驚いているようだった。
「監督、俺の幼馴染の朝倉伊吹です」
「ん…?どっかで見たと思いや、推薦蹴りやがった北一のWSじゃねぇか」
年齢のわりに荒い喋り方の老人だが、その眼光も厳しい。鬼監督として有名だった。推薦を蹴った身としてはまったくもっていい気分ではないが、若利は伊吹の肩を抱いたまま紹介を続ける。若利は伊吹の事情をすべて知っていて、できればマネージャーとしてバレーに関わりたいという伊吹の想いも理解してくれていた。天然なヤツではあるが、頭が悪いわけでもない。言葉をきちんと尽くせば、ちゃんと理解してくれる。
「伊吹は両親が離婚して経済的に苦しい状況で、この学園にも学業特待生として来ています。選手としては続けられずともバレーに関わりたいということで、マネージャー希望です」