連載: cuddle eagle struggle−2
頭が悪いわけではないが、やはり天然である。
人の家庭の事情、それも最大級にデリケートな話を赤裸々に、体育館全員の注目が向いているこの状況で、よく通る低い声で語るものだから、完全に部員の空気が凍った。コーチの男性も顔が引きつり、鷲匠も眉をひそめた。
「…幼馴染っつったか。随分そいつがお気に入りなんだな若利」
「俺にとって世界で一番大切な存在です」
そして今度は愛の告白紛いのセリフ。部員たちの空気は今度は別の方向に凍り付く。伊吹はさすがにこのままでは収集がつかないと踏んで口を開いた。
「ちょっと…昔からこういうとこあるんです。変な意味ではないんで」
「別にバレーに支障が無きゃどんな関係でもいい。それで、お前は本当にマネージャー志望なんだな」
リベラルなことを言った鷲匠を意外に思いつつ、まるで若利と伊吹がそういう関係であることに理解を示したような言葉に頭を抱えたくなったが、ここはとりあえず聞かれたことだけに応えるべきだろう。
「はい。普通の雑務でも、ボール出しでも。バレー以外ポンコツなこいつを、バレーで最大限発揮できるようにします」
「伊吹…!」
「目がうるせぇぞ若利」
伊吹が決意表明した途端に何やら感動したようにこちらを見てくる若利を黙らせる。それを見ていた鷲匠は、ため息をついた。
「マネージャーはいなくも困らねぇから入れてなかったが、断る方が若利には悪影響だし、経験者ならいて困るモンでもねぇ。ただ、学業との両立は簡単じゃねぇぞ、たとえ選手でなくてもな」
「楽なことをしに来たつもりはないんで」
「フン、選手じゃねぇのがもったいねぇ生意気さだな。斉藤、業務の割り振りは任せた。オラ全員早く練習に戻れ!1年は早く入ってこい!!」
話を一方的につけた鷲匠は、すぐに監督としての指示を出した。途端に選手たちは練習に戻り、一瞬で体育館は喧騒に包まれる。1年生は川西を含めすぐに走ってきて、びくびくとしながら鷲匠の前に並んだ。
「じゃあ若利も戻れ」
「あぁ。さっそく終わったら自主練に付き合ってくれ」
「それ終わったらって言わねぇだろ」
手をひらひらと振って練習に戻すと、メガネのコーチ、斉藤のところへ向かう。斉藤は若利を驚いたように見送っていた。
「すごいな、彼、君の前だとあんな風になるのか」
「ブラコンみたいなモンす」
「はは、そうか。僕は斉藤、コーチをしている。よろしくね」
「朝倉伊吹です。よろしくお願いします」
どうやら入部は鷲匠の一声で決まったようで、唯一のマネージャーとして部員に加わることとなった。だがマネージャーを基本的に置いていない部活だけあって、斉藤は少し戸惑っていた。
「マネージャー置いてないの、1年の数が多いからっすか」
「まぁ、それもあるけど、女子マネージャーはほら、選手に悪影響だって鷲匠監督は思ってるから」
「あぁ…ま、そういう側面は、あるときありますもんね」
北川第一は中学では白鳥沢に次ぐバレーの名門だったが、伊吹が2年のときの部長、及川はモテすぎて女子が出禁になった。部活に支障をきたすような人気の選手というのは名門にはいるもので、それに群がる女子を嫌って保守的な監督や顧問がマネージャーを置かないこともある。今は若利という絶対エースがいることもあって、尚更それは強いだろう。
そのため斉藤にとってマネージャーがいる部活というのは初めてらしく、どういう仕事の割り振りにするか考えあぐねていた。
「うーん…モップがけやボール拾いは1年がやった方がいいし、ボール拾いもボール出しも練習の一環だ、データ関係は僕の仕事だしな…」
「レギュラー周り中心的にやらせろ」
斉藤を見かねたのか、鷲匠はひとこと、だいたいの方針だけ伝えて練習に戻った。確かに、伊吹のパフォーマンスが期待できるのは若利関係だ。理に適っているし、人数に対して一人で回せる単位としてもレギュラーというのは分かりやすい。
「じゃあ、レギュラー陣へのドリンクやタオルの提供と、あとはレシーブ練に入ってもらおうかな。スパイカーだっただろう?」
「分かりました。とりあえずこれから何します?」
「じゃあ早速、これからレシーブ練の時間だから、レギュラーの2年生にスパイクってかサーブ打ってもらっていいかな。セッター役をつけられないから1人でやってもらうことになるけど」
「うっす」
「レギュラーはほとんど2年生。牛島君という主砲を生かすために、守備寄りの子が多いんだ。アップしたら入って」
「なるほど。本気でいいんすよね」
「うん。頼んだ」
ちょうど、と言いつつ、斉藤は恐らく伊吹の実力を見るためにレシーブ練にしたのだろう。優しそうに見えて、事実優しいのだろうが、強豪校のコーチだけある。なかなかえげつない指示だ。推薦の1年すら基本練習なのに、それを差し置いてマネージャー枠の1年にボール出しをさせるなど。
実力社会の白鳥沢だ、マネージャーであっても「使えるか」が重要なのだ。