連載: rack up, good luck !−烏の巣
4月、杜の都はまだまだ寒い春を迎えた。
朝晩の冷え込みに北国を感じるこの季節だが、さすがに日中ともなれば長い長い冬の終わりを実感するもので、その感覚は同時に、春という季節のどこか新鮮で、どこか物悲しく、そして慌ただしい感じも想起させるのだ。
とりわけ学校というのは、春という季節に最も敏感なのではないかと思う。
教室も廊下も、それまでの1年間で使っていたところから移動することがほとんどで、教室の扉を開けて目に入るメンバーもまた異なる。先輩が卒業し、新入生がやってくる春という季節は、学校の3分の1が入れ替わる大変な季節なのだ。
教室のメンバーが変わっていつもより声のトーンが高い女子、テンションが空回りする男子。その騒ぎは、春特有のあわただしさと合わさって学校を少しカオスにしているような気がする。なんだか自分も忙しくしなければならないような気になって、少し面倒な気分にさせられた。
「おーい伊吹、部活行こうぜ部活〜」
変わるものがある一方で変わらないものもある。部活という枠組みは、部員の学年による入れ替わりこそあれ、同学年であれば変わらないものだ。
「…相変わらずうっせぇなハゲ……」
2年生になった伊吹は、さっそくクラスメイトから遠巻きにされながら机に突っ伏していたが、扉から騒々しく名前を呼ばれて変わらないうるささにため息をついた。
むくりと起き上がると、緩慢な動作で鞄を掴んで席を立つ。近くに座る女子がこわごわとこちらに視線を向けている気がするがどうでもいい。進学クラスはクラス替えをしてもあまりメンバーが変わらないのだが、人の顔を覚えるのが苦手な伊吹はその女子が去年もいたかどうか判別がつかなかった。
「さっさとしろよ」
「…うるせぇ、呼ばれなくても行くっての」
髪を剃り上げたいかついツラの男子は田中龍之介、バレー部のレギュラーをしている。
そして伊吹は、烏野高校バレー部のマネージャーである。
***
かつて男子バレーの強豪校として名をはせた烏野高校は、仙台市の郊外にある普通の公立高校だ。
今、男子バレー部は「落ちた強豪、飛べない烏」という不名誉な評価を受けるレベルに甘んじている。それでも、どの部員も本気で全国を目指しており、伊吹とてマネージャーながらもそれを本気で支えるべく部活に励んでいた。とはいっても、「励む」という言葉が自分に似合わないのは百も承知であるのだが。
「なぁ、今年は選手やんねぇのか」
「やらないっつってんだろ」
「ふーん、まっ、俺がいればお前がいなくても全国行けるけどな!」
騒がしい廊下でもよく通る田中の声は、7センチほど高いところから落ちてくる。
身長170センチの伊吹は、バレーの選手としては低い方だったが、これでも中学は強豪校のレギュラーを張っていた。本当は、できることなら選手として部活をやりたい気持ちもある。
しかし、母との二人暮らしではそんなことも少し厳しいのが現実で、バイトをしながらとなるとマネージャーですらギリギリなのが正直なところだ。両親の離婚そのものはあまり気にしていないが、やはりそれだけは心残りでないと言えばうそになる。
そんな伊吹の事情は田中もある程度知っていて、伊吹自身が気にせずシングルの家庭であることを部員に言っていたこともあり、選手をやる気がないことを言っても軽く流すにとどめてくれた。不良のようなナリをして、田中は意外とそういう気が使えるヤツだ。
「つーかよ、お前いいのかよ、クラス替えしていきなりあんな態度で」
「態度悪いのはお前に言われたくない」
「いやお前のはマジで話しかけらんねぇだろ」
田中はふと、クラスでの伊吹の態度にそんな気を回してきた。伊吹はグレーのカーディガンの袖をワイシャツごと捲りながら答えるが、田中は呆れたようにしている。
田中の言う通り、伊吹は言動が少し粗暴だし、目つきも悪いし、愛想も悪い。特に友人関係を良くする気もなくむしろ一人でいたいタイプなので、新学期早々周りに目もくれず机に突っ伏していた。進学クラスなのに不良めいていることで遠巻きにされているのは伊吹も理解しているが、むしろそちらの方がありがたかった。
「そりゃ話しかけんなって思って過ごしてるからな」
「お前ほんと、もうちょっと愛想良ければモテんのにな。イケメンなのに俺ら側っつーな」
「くだらね」
人に興味がなくクラスメイトすら覚えられない伊吹には、色恋沙汰などとてつもなくどうでも良かった。