連載: cuddle eagle struggle−広がる輪
いったん寮の部屋に戻り、ジャージの姿のまま鞄だけ置くとスマホと財布を手にまた部屋を出る。とにかく空腹だったし、たとえ空腹でなくとも運動後30分以内にタンパク質を取ることが望ましいとされていることから、先に夕飯を食べる習慣があった。
だいたい運動部は皆そんなもので、伊吹が自室を出て寮の食堂に来れば、そこは運動部勢で込み合っていた。さすがに寮生全員が同時に食べられるキャパはあるそうだが、まとまっているグループが多いため変な空席があり、デッドスペースがある分席が少なくなる。
先に食券を買おうか、と迷っていると、「伊吹、」と後ろから声をかけられた。川西だ。
振り替えると、背の高い川西の隣に、同じような髪色の前髪を切りそろえたやたら小奇麗な顔の男子がいた。身長は山形と同じくらいだろうか。
「こっちは同室の白布、んで、こっちはバレー部マネージャーになった伊吹」
「白布賢二郎だ、よろしくな」
「朝倉伊吹、よろしく。何組?」
「7組。太一と同じクラスなんだよな、遠いな」
どうやら白布は川西のことは名前呼びらしいが、川西は名字で呼んでいる。いったいどういうことだろうと思っていると、白布は察したのか先回りした。
「名前、短い方で呼ぼうってなって。だから俺のことは名字で、こいつのことは名前で呼ぶってことになった」
「なんだそれ」
不思議な空気感の2人だ。では伊吹のことはどうなんだろうか、と川西を見上げると、「伊吹はなんとなく」と言われた。なんてフィーリングで生きているヤツだ。
結局、伊吹も名字で白布を呼ぶことにして(確かに賢二郎は長い)、白布は川西に合わせて名前で伊吹を呼ぶことにした。あまりこういうことを決めるようなことはないのだろうが、2人が変なルールで呼び方を決めていたためこういう流れになった。寮で生活するからにはかなり距離も近くなる、互いに距離感をしっかり決めて置くのも悪くないだろう。
まずは席を取ろうということになり、3人はとりあえず近くのテーブルに陣取る。川西を先に行かせ、伊吹と白布はテーブルに残って確保を続けた。2人きりになったが、白布の方から話題を振ってくる。
「バレー部のマネージャーっつってたけど、伊吹って北一のWSで有名だったよな。怪我とかか?」
「や、別に。俺ん家シングルだから、金ねぇの。てか白布もバレーやってたのか」
家庭の事情をさらっと話した伊吹に、白布は一瞬驚いたが、あまり伊吹が気にしていないながら掘り下げるつもりもないことを正確に察してくれたのか、会話を先に進めてくれた。なんというか、頭の良いヤツなんだろう。
「そう、豊黒中ってとこ。Sだった。ま、ここの推薦はねぇけどな」
「へぇ。すげーな、一般生で入ってでもバレー部志望?」
「新入生挨拶してた特待生に言われてもな。まぁ、セッターはフィジカル格差が出にくい方だし、推薦来てなくても獲りに行く」
涼しい外見をしていながら熱いようだ。推薦がなくとも正セッターの座を狙っているらしい。白鳥沢に来るようなのは、そういうヤツばかりなのだろう。
それにしても、特に何の推薦でもないのに寮にいるということは、全額寮費を払っているということだ。かなりの金持ちなのだろう。それが鼻につかないのは、白布がかなり実力主義で生きているからだ。そのサバサバとした感じが、嫌味ではなかった。
「入部届出してたわけでもねぇのに川西と同室だったの、すげぇ偶然だな」
「ほんとにな。でも俺もお前も、部活後に勉強追われるだろ、ぶっちゃけ1人部屋羨ましい」
「俺2人部屋の方見てねぇわ」
「見に来る?伊吹の部屋も見せて」
「おー」
川西と同様、白布もテンポが話しやすいものだ。話していて気を張ることもないし、一緒にいることでストレスもない。まだ会ったばかりだが、不思議な心地よさを感じていた。