連載: cuddle eagle struggle−3
伊吹は2人とともに近くの階段を下りて大浴場へ向かう。こうやって風呂まで同じというのは中学の合宿以来だが、これから毎日になるのだ。別にずっと誰かといたいわけではないし、川西たちともそうするつもりではいないが、とはいえ生活リズムがほとんど一緒になってしまうのが寮だ、きっとかなりの時間を他人と過ごす。それが不思議な感じがした。
脱衣所まで来ると、むさ苦しい男子たちが出たり入ったりを繰り返していた。スリッパを適当に靴箱に突っ込み、棚に合間を進む。ちょうど3人分空いていたため、棚の中の籠にタオルなどを入れてシャツを脱ぐ。
「やっぱ細いけど締まってんな」
「見てんじゃねぇ」
「北一のエースは細いのにえぐいサーブするって有名だったもんな」
シャツを籠に突っ込むと、右側にいた川西がまじまじと伊吹の上体を眺めていた。感心したように見ているが、左側の白布も、「細いのに」と強調する。白布はそんなに変わらないだろう、と見てみると、胸囲と腰が違った。体重の差だろう。
「…白布、お前体重何キロ」
「中3の初めが57だったから、60乗ってるかどうかってとこ」
「……川西は」
「67くらいじゃね。伊吹は?」
「黙秘する」
中3の春の測定で54キロだったため、今は57前後だろう。60に乗っていないのは自分で分かる。白布はもちろん、がっしりした川西にもむかついたため黙秘すれば、川西は口を尖らせて憤慨した。
「人に聞いといてそれはないんじゃないですか〜」
「お前らが勝手に答えたんだろ」
「オーボーだ!」
川西はそう言うと、おもむろに伊吹の腰を掴んできた。正面から、素肌を直に掴まれ、目の前に川西の鎖骨が迫る。川西もシャツをもう脱いでいたため、引き締まった腹筋や胸筋が至近距離にあった。何も嬉しくない。
「っ、掴むなオイ」
「ん〜、体重当てるわ。57.5くらいじゃね?」
「チッ」
図星だったので舌打ちをすると、川西はドンピシャだったことに気づいて「うぇ〜い」と喜ぶ。そして、そのまま掴んだ腰の手でするりと脇腹を撫でて来た。ふざけただけだろうが、突然のことに思わず伊吹はびくりとしてしまった。
「んっ、」
「っ!」
更に変な声まで出てしまった。すぐに口元に手を当てるがもう遅い。腰をくすぐられるのが弱いのは昔からで、弱い刺激を与えられて中途半端な声が漏れてしまったのだ。ばっちり聞いていた川西や白布の動きが止まり、近くにいた男子たちもバッとこちらを向く。
羞恥で顔に熱が上り、川西を睨み上げる目の水分量が増えた気がした。それを見降ろす川西は更に動きがカチコチに凍り付いた。
「…てめぇは…よっぽど俺の正拳突きを食らいてぇようだなぁ…?」
「……いっそ食らわせてくれ………」
「は?キモ」
「辛辣〜」
伊吹は川西の手をはたき落とすと、同じく引いた目をした白布とともに先に風呂場に入ることにした。慌てて追いかけてくる川西を待つことはなく、普通に湯気の満ちる浴場に入る。銭湯や温泉と同じで、シャワーをするシャワー台がずらりと並び、奥に大きな浴槽があった。3人で並んでシャワーを浴びて体を洗い、川西のシャンプーの香りに「女子か」というツッコミを白布と散々してからかったあと、浴槽に浸かった。
わりと風呂は長い方の伊吹と川西に対して、白布は30秒ルールがあるらしく、さっさと出ていった。やはりサバサバとしているだけある、2人を置いて部屋に潔く戻っていった。ちなみにタオルは肩にかけていた。やたら男前というか、綺麗な顔をしてガサツだった。
伊吹と川西もしばらく思い思いにくつろいでいたが、男子たちで込み合う浴槽に長居をしたくもないため、それぞれ普段よりは短い時間で出ることにした。ほぼ同時に浴槽を上がり、入り口へ向かう。人が入るペースは一定で、常に生徒がいた。
「あ、俺冷水浴びるわ」
「おー」
普段から風呂を出るときには冷水を浴びるようにしている伊吹は、近くの台で適当にシャワーの冷水を出して頭から浴びる。その心地よさを感じながら、表面と内側の温度差を楽しんでいると、今日一日で聞き慣れた声がした。
「お、川西じゃん」
「瀬見さんたちは今からですか」
「英太君とこでゲームしてたら遅くなっちゃった〜」
話声からして、どうやら瀬見、天童、山形の3人だ。春休みは終わったが授業もまだなので、勉強する必要もなくゲームに興じていたらしい。伊吹はシャワーを止めて温度を元の位置に戻す。
それに気づいた瀬見が、「伊吹か?」と声をかけてきた。俯いているため気づかなったようだ。
伊吹は呼ばれたこともあって、タオルで前を隠して立ち上がりつつ、水滴が垂れる前髪を思い切り後ろへ流してオールバック状態になった。
「はい、そっすけど」
「きゃ〜伊吹えっち〜」
「はぁ?????」
途端に天童が騒ぎ出す。それに疑問符を浮かべると、山形と川西、瀬見が遅れて反応を返した。一瞬時が止まっていた。
「なんつか…お前のその色気なんだ…?」
「お前ほんとに高1かよ〜!」
瀬見は顔を赤らめて、山形も爽やかに笑いつつ目が泳いでいる。川西は小さく、しかし長い息を吐きだしていた。
「はぁぁぁぁああ……心臓持たねー……」
「心外なんすけど」
「掘られないように気をつけなヨ、寮なんだし」
「なっ…」
そう笑いながら去っていく天童は飄々とシャワー台に向かってしまう。どういう冗談だと思っていると、瀬見はそれに気づいたのか首を横に振った。
「いるにはいるから気をつけろよ、男子しかいねぇからそういう気になるヤツいるらしい。あんま川西から離れんな」
「その川西が一番危なかったりしてな〜」
瀬見は真剣に案じているようで、伊吹の肩を掴んで言い聞かせると、天童の後を追う。山形は固まっている川西の肩をバシバシと叩いて瀬見と一緒に奥へと進んでいった。残された伊吹は解せないままで、川西はため息をひとつ。
「…ま、ほんとに気ぃつけろよ、俺もそばにいるし」
「いや…俺が黒帯だって忘れてね?」
「…やりすぎないように見張る方がいいか」
言っていることは理解できるが、まず伊吹にそういう気を起こすヤツがいるとは思えなかったし、何より伊吹は普通に撃退できる。川西は肩パンの痛みを思い出したのか、逆に伊吹を見張るべきかと呟いている。人を制御の効かないヤツのように言うため、そっと拳を握れば、へたくそな口笛を吹いて脱衣所に戻っていった。