連載: rack up, good luck !−守護神
青城に対して辛勝を収めた翌日。
伊吹は清水と部室棟の前で簡単な打ち合わせをしていた。マネージャー業の分担についてだ。
「烏野の弱点は、とにもかくにもレシーブです。そこをまずはインハイまでに特訓しねぇと」
「そうだね。朝倉に見てもらう時間なら、一日1時間くらいかな」
「っすね、1人あたりの時間からすりゃそんなモンだと思います」
「その分は私がマネージャーの方やるね」
「お願いしぁす」
及川が言っていた通り、レシーブができなければ意味がない。サーブカットのレセプション、アタックを受けるディグ、どちらもまだまだだ。
せめて守護神が戻ってくれれば、と思いながら清水と2人で体育館に入ったときだった。
「潔子さぁ〜ん!貴女に会いに来ました潔子さぁ〜ん!!」
喧しく騒ぎ立てながらこちらに飛んでくる小さな影。咄嗟に伊吹は清水の前に出ると、猪のように突っ込んできたそいつを受け止めた。
伊吹の腕の中に飛び込み抱き留めたそいつは、驚いて見上げてくる。
「伊吹!?」
「久しぶり、西谷。清水さんに飛び掛かろうなんて、もっかい謹慎するか?」
「くっそ、俺よりよっぽど不良だろ…!」
小さな男子は西谷夕、L(リベロ)だ。160センチを切っているため、この部活では珍しく伊吹より小さい。日向よりも背が低いだろう。
Lは確かに背の低さを活かせるポジションではあるが、西谷はそれを差し引いてもレシーブが上手い。澤村たちをして「天才」と言わしめる。ポジションだけ考えれば、白鳥沢などを差し置いて県内トップと見ていい。
もともと烏野は粒揃いで、チームとしても決して質は低くなかった。しかし、技術指導者がいないことや試合形式の練習が少ないこともあり、県内ではベスト8がいいところという水準に甘んじている。
西谷はそんな烏野の守備を大きく底上げしてくれるのだ。
伊吹の腕から抜け出た西谷は清水に絡むのを諦め、3年の方へ戻る。館内を見ると、澤村や菅原、日向、影山、田中がすでに集まっていた。
「…で、旭さんは?戻ってますか?」
西谷がそう尋ねた瞬間、体育館には沈黙が落ちた。菅原が目線を伏せ、澤村が間を置いてから「いや、」と答えた。
途端に西谷は怒りに顔を染めた。
「───あの根性なし…!!」
「こらノヤ!エースをそんな風に言うんじゃねえ!」
「うるせえ!根性なしは根性なしだ!!」
「待てってばノヤっさぁん!」
怒れる西谷を田中が諫めるが聞かない。そのまま西谷は制服のまま体育館の出口に向かってしまう。
「前にも言った通り!旭さんが戻んないなら俺も戻んねえ!!」
そう言って、西谷は体育館を出て扉をぴしゃりと閉めてしまった。2年以上はため息をつくが、気付けば1人いない。
「日向がいねえ」とぼやく影山に、事態を察した澤村たちが辺りを見渡す。合わせて「レシーブ教えてください!」という日向の声も外から聞こえてきた。
その行動力に感心していると、心配した澤村たちは外へ向かう。
「あー…準備、しますか」
「そうだね。着替えてくる」
とりあえずやることをやろう、と伊吹はマネージャーとして用具の準備を始め、清水は着替えに部室棟へ戻っていった。
日向のコミュニケーション能力や、西谷の面倒見の良さを考えれば悪いようにはならないだろう。
ただ、西谷は天才であるが故に、言葉で伝えるということが絶望的に下手くそだ。
「……俺もか」
誰もいないのをいいことにこっそりと呟く。伊吹もあまり、教えるというのは得意ではなく、「言葉じゃ面倒臭えからレシーブしろ」と言って金田一や国見にアタックをぶち込んで練習させていた。
本当に良く懐く気になったものだ。
今日からそれを日向たちにもやるのだ、体を動かしておこう、と伊吹は肩を回しながら用具室へ向かった。
あの、折れたモップが今も残る場所へ。