連載: rack up, good luck !−3
振り返った先には、ちょうど西谷が東峰へと一歩踏み出したところだった。
あの猪突猛進な西谷が静かに淡々と言ったのだ、怒りが一周回って冷静さをもたらしたのである。その均衡が崩れるのは一瞬だ。
顔を歪めて東峰に掴みかかる西谷を押さえつけ、最悪、空手の技を決めてやろうと考えていた。しかし菅原も慌てて追い掛けてきたために、可動域を考慮してただ押さえつけるしかなくなる。
単純な腕力は強くない伊吹は、西谷の胴体を掴んで押さえようとするも、本気で怒っていた西谷に突き飛ばされた。
さすがにそれで転ぶ体幹はしていないが、その隙に西谷は東峰に掴みかかっていた。もともと狭い用具室だ、一瞬の油断が命取りだった。
「打ってみなきゃわかんねえだろうが!!次は決まるかもしれないじゃねえか!!」
西谷に押された東峰は後ずさり、先ほど床に倒れてマットに凭れていたモップを思い切り踏み付ける。
木の柄が折れる痛そうな音が用具室に響くが、それに被さるように西谷は叫ぶ。
「俺が繋いだボールを、あんたが諦めんなよ!!」
「ノヤ!!」
真っ二つになったモップに、いよいよ怪我の可能性がちらついて、田中が急いで西谷を後ろから羽交い締めにして抱える。それでもなお西谷は東峰から目を逸らさなかった。
「俺はリベロだ!守備の要でチームの要だ!!けど!!」
そこまで言ってから西谷は、体から力を抜く。抜けてしまったという方が正しい。
「……俺に点は、稼げない」
リベロは攻撃が許されていない。コートの出入りが自由で、レシーブが得意でないセンター(MB)などのフォローを含めてチームの守備を引き上げる。しかし、前衛でネットを超える高さのトスができないため事実上トスは不可能。スパイクも認められていないしサーブも打てない。
田中は力の抜けた西谷を離すが、西谷はもう暴れようとはしなかった。
「…俺は『攻撃』ができねえ。でも、どんなにスパイクが決まんなくなったって責めるつもりなんか微塵もねえ。だけど、勝手に諦めんのは許さねえよ」
バレーは繋ぐ競技。華やかなスパイクも、そのためのトスも、すべてはレシーブから。そのレシーブを武器とするリベロであるが故に、繋ぐことを命とするが故に、それをアタッカーが諦めたことに失望したのだ。
「旭さん、」
東峰は何も言わず、体育館を出て行った。引き留めようとした田中の力のない声が虚しく響く。
東峰の大きな背中はあっという間に見えなくなってしまって、嫌な沈黙だけが残された。
「……田中、西谷。片付け」
伊吹は空気を払拭するため、そして3年を2人だけにするため、用具室を出る。田中と西谷は無言で続きモップがけを行った。
試合後の遅い時間もあって清水は先に帰っている。恐らく話は澤村たちからいくだろう。木下や成田、縁下も騒ぎは聞いていたはず。しばらくは嫌な雰囲気かもしれない、というのは、甘い考えだった。
「……謹慎、」
2日後、東峰が部活を休んだ翌日のことだった。
校長室の前で西谷と東峰がまた衝突し、花瓶を割って西谷が部活謹慎を食らったというのだ。それも、1か月。何かと神経質な教頭の前でよりにもよってこんなことをしでかしたことが原因だった。
それを知らされたのは、その日の部活が始まる前の部室でのこと。澤村たちや縁下たちが先に体育館に向かったあと、田中はなかなか向かおうとしなかった。
以前、縁下と木下、成田の3人は、一時的に名匠・烏養前監督が烏野に戻っていたときにその厳しさに辞めてしまったことがあり、烏養前監督が倒れてから復帰したという経緯がある。
田中はそのときも、そして西谷が謹慎となり東峰が来なくなった今も、部活に打ち込み続けていた。1年の最初は不良だったのにだ。
仲が良かったこともあり、今回のことはかなり堪えているようだった。
「……田中」
「ん、」
「……俺は選手じゃねぇけどさ。ずっといる。1人にはしねぇから」
1年で背も体格も良くなった田中が項垂れていることに、伊吹自身もめげそうだった。だから、伊吹は珍しく真っ直ぐにそう言って、田中を正面から抱き締めるようにして、背中を摩った。
鼻が肩に当たる身長差では億劫だったが、田中も珍しく伊吹の肩に顔を埋めてきたので、やはりしんどいようだった。
きっと、大丈夫。その言葉は、自分に言い聞かせていたのだろう。