連載: rack up, good luck !−マネージャーとして



「あのとき。選手じゃないのに、なんて言っちまって、ほんと、ごめん」

「え…あぁ、そんなことっすか」


どうやら東峰が謝って来たのは、あのとき伊吹に対して「選手じゃないのに何が分かる」と言ってきたことだ。伊吹が選手を続けられないのは家庭の事情によるもので、たとえどんなときであっても超えてはならないラインの言葉であったことは確かだった。しかし伊吹はまったく気にしていないし、澤村や田中も、伊吹が気にしていないことを理解しているだろうが、言った側はそうはいかない。すべての遺恨を残さないようにしようという澤村の計らいだろう。

伊吹は澤村に肩を抱かれたまま、東峰の後悔の浮かぶ目と視線を合わせた。


「東峰さん。俺、あんとき言ったじゃねっすか。本心でもないこと言ったら自分がつらいだけだって」

「…うん」

「……本心でもねぇこと言うからっすよ」


暗に、東峰が本心で言った言葉ではなかったことを理解していると伝えれば、東峰はひとつ頷いた。


「…これからも、烏野のエースでいてくれんなら、許してやってもいいっすよ」

「っ、伊吹、」


ちょっと涙ぐんで東峰が伊吹に一歩近づくと、途端に澤村が伊吹をしっかりと抱き締めた。肩に鼻をぶつけると、耳元に澤村の楽しそうな声が聞こえてくる。


「この男前をへなちょこが抱き締めること禁止してるから」

「えぇ…大地〜…」

「…俺、片付けあるんで」


ボトルの片付けが残っているため澤村の腕から抜け出す。残念そうにしつつも、サバサバとした伊吹のことを理解している主将はそれ以上構おうとはしなかった。

そうして片付けも終え、選手たちの円陣の威勢の良い声を聞いてから、長かった部活が終わる。清水は先に帰ってもらったとはいえ、試合開始が遅かったのでかなり遅い時間だった。さすがに夏至が近くても暗くなっていた。まっすぐ帰るよう烏養にも厳命されていたため、各自着替えてから直帰していく。伊吹は部室の戸締りの確認を武田としてから鍵を預けることになっていたため、全員が着替え終わってから鍵を閉めて武田に返却する。校舎との間の屋外廊下にいる武田のところに行くと、その隣には烏養も立っていた。


「戸締りOKです」

「うん、ありがとう。お疲れ様」

「っす」


鍵を返して朗らかな笑顔を向けられる。頷いて返して踵を返すと、烏養の低い声がかけられた。


「あー、朝倉」

「?はい」


振り返ると、真剣な目をした烏養。武田も気にして見上げていた。


「折り合いは、ついてんのか」

「…あぁ、」


選手をやめた理由を鑑みて、自身の中で納得できているかということだろう。音駒との試合までという時限的なものであるわりに、真摯に向き合ってくれるらしい。面倒見のいい人物であるようだ。


「大丈夫です、いろいろあったけど…烏野の皆と一緒だったから、今、この形で納得できてます」

「…そうか。ならいい。西谷たちから聞いた、レシーブ練であのスパイクしてくれんだってな。これからも頼む」

「はい」


本心を伝えれば、烏養は安心したようにうなずいた。「引き留めて悪い、さっさと帰れよ」と最後に言われたため会釈だけしてその場を後にした。
烏野のチームは、きちんと心から向き合って、信じて、受け入れてくれる。その度量がある人たちだった。だから影山も成長できたのだと思う。

伊吹は体育館を回って正門へと向かう。すると、途中に田中が1人で立っているのが見えた。西谷たちと一緒に帰らなかったようだ。


「田中?」

「おせーぞ」

「え、なに、待ってたのか」


なぜか待っていたらしい田中と帰路について歩き出す。しばらく坂を下って分かれ道に来るまでは、田中と今日の試合について意見を出したり互いにからかったりと普段通りの会話をしていた。
そして、田中と伊吹がいつも分かれる田んぼ道で、田中は足を止めた。先ほどから何か言いたそうにしていたが、ここでようやく踏ん切りがついたらしい。


「なに」

「……伊吹、ありがとな。ノヤが謹慎なって、旭さんが来なくなってから、お前、俺のそばにいてくれたろ」

「…気づいてたのかよ」

「さすがにそれぐれぇ気づくっつの」


1人にしない。そう言って、落ち込む田中の背中を摩ったのは一か月前のことだ。それ以降、意識的に田中と行動を共にしていたのを、どうやら本人は気づいていたらしい。2年生で一度も部活を離れなかったのは伊吹と田中だけ、選手としては田中だけだ。繋ぐ競技だからこそ、仲間が欠けるつらさも大きかった。


「伊吹。皆揃った。ノヤも旭さんも、戻ってきて良かったな」

「……田中のくせに、」


田中は伊吹をそっと正面から抱き締めた。寄り添うようなそれは、一か月前と同じ姿勢だが、意味が違う。今、田中が伊吹に寄り添っていた。感謝と、皆がそろった喜びと、葛藤を乗り越えて一歩進んだチームの姿に、伊吹の感情がはちきれそうになっていることまで、田中は気づいていたらしい。
後頭部に回された大きな手の平が、不器用ながら伊吹の頭を撫でる。肩口に押し付けられた顔を更に埋めると、小さく笑うのが分かった。ぼす、と軽く腹筋に拳を入れてみたが、当然効いていない。


「お前って可愛いよな、不良のくせに」

「うっせぇ……」

「…もう大丈夫だ。皆で、全国行くだけだ」

「………ん、」


良かった。西谷や東峰が戻ってきてくれて、本当に嬉しかった。安心したのだ。思わず、潤んだ目蓋を閉じて田中の背中に縋るように手を回して耐える。伊吹は選手ではないから、彼らの苦しみに寄り添うことしかできなくて、離れていくのを成すすべもなく見るしかなかった。そのもどかしさこそが、選手ではないことの最も苦しいことだと思った。
しかし同時に、選手たちは自分の足でそれを乗り越える強さを持っている。烏野は、それができるチームだった。
だから伊吹は、その環境を全力で支えたいと思うのだ。




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