連載: rack up, good luck !−GW合宿


5月2日、GW前最後の授業日から合宿は始める。その日の部活から合宿モードに切り替わるのだが、今回は烏養がいるため、練習の質は段違いに高い。
しばらくはいつも通り練習を手伝っていた伊吹と清水だったが、夕方になってから武田とともに先に合宿施設に入ることになった。とは言っても、伊吹も清水も宿泊はしない。家が近く、金を払ってまでこのボロ施設に泊まろうとは思わないからだ。夕飯だけ作り、清水は食べずに帰宅して、伊吹はちゃっかり食べてから帰る。それが去年の合宿から続いていた。

初日は時間があまりないので簡単にカレーにすることになっていて、朝もカレーの残りだ。それ以降は清水と伊吹のメインの仕事が食事管理となる。


「朝倉君は料理は得意なんですか?」

「得意ってわけじゃねっす。できるだけで」


大きなキッチンで、ひたすらサラダ用の野菜を切る武田に問われて素直に返す。伊吹はひたすらジャガイモの皮を包丁で剥いていた。別にびっくりするほど美味しいものが作れるわけでも、よく分からないがラタトゥイユ的なオシャレなものが作れるわけでもない。できるというだけで、別に得意だと胸を張るようなレベルでもなかった。


「でも、男子の方が料理にハマりやすいって聞くよ」


すると、隣でカレー用の野菜を切っていた清水が試すように聞いてきた。どうやら、去年より手さばきが上達している伊吹を見て、なんだかんだ料理が好きになっているのではと思っているのだろう。


「別に、ただ母さんの手伝いしてるだけっつーか…」


シングルの家庭であるため、ある意味当然だろうとも思うのだが、武田は「偉いですね」とニコニコ顔で、清水はなおも意味深な笑みを浮かべていた。


「私、知ってるからね」

「…何をっすか」

「澤村のこと」

「なっ…」


どうやら清水は確たる根拠があったらしい。冷蔵庫を開けて物色していた武田は聞いていないようだった。伊吹が黙っていたことを言い当てた清水は楽し気だ。


「…からかってます?」

「からかってます」

「清水さん、そういうとこありますよね」

「ふふ。あ、私先生手伝うから、煮込みと味付けお願い」

「マジからかってますね!」

「マジからかってます」


普段こういう会話はしない間柄の2人だからか、清水は伊吹の憮然とした表情が見られてご満悦といった感じだった。こう見えてお茶目なところがある人だ、今の伊吹はからかうにはもってこいだろう。

清水が言っているのは、伊吹が定期的に澤村に食事を振る舞っていることについてだ。
先ほどから言っているように、決して伊吹は料理が得意でやっているわけではなく、やらなければならないから、できるようになっただけだ。とはいえ、美味しくないものを母に食べさせるわけにもいかないし、マネージャーとして合宿で清水の手伝いをするためにも腕はあった方がいい。それに、レシピ通りというのもつまらない。どうせなら一工夫加えられるようになりたいと思い、味付けを誰かの好みに合わせて調整するという練習をすることにしたのだ。そうやって凝り出すから男子は料理にハマりやすいと言われるのだろう。
激辛好きで味覚がバグっている菅原や、なんでも美味しいとしか言わない東峰に頼めず、また同様に味の違いをあまり理解せずに食らっている田中や西谷にも頼めなかった。この試みを始めた頃は縁下たちが部活を離れているときだったこともあり、当時の部活内でまともに頼めるのは澤村くらいだったのだ。
なぜか澤村は伊吹に料理を作ってもらっていることを自慢して回りたいと思っている節があり、少なくとも3年には言いふらしたようだ。清水は凝り性を発動してハマり始めた伊吹の心境を察して、そして澤村に手料理を振る舞い続けるという傍目には面白可笑しい状況をからかっているのである。




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