連載: rack up, good luck !−3


伊吹が北川第一にいた3年間は、常に優秀なセッターがいた。1人はひとつ上の先輩、及川徹。いわゆる努力の天才というやつで、及川自身も本物の天才を嫌う節があった。
そしてもう1人はその本物の天才、影山だった。中一のときからその片鱗を覗かせていた影山の実力に、及川が勝手にスランプに陥って荒れていたこともあった。スパイカーだった伊吹はその2人のトスを受けて試合に出ていたが、2人とも別の意味で優れていたのは確かだ。

ただ、人間性的な部分では、やはり及川の方が優秀だったのかもしれない。まったく人のことを言えない伊吹であるが、影山のそれは天然だった。分かっていて改善させない伊吹とは異なる。


後輩の試合を見に行く、なんていうことを普段するようなたちではない伊吹だが、なぜか懐いてくれていた彼らの県内最後の試合くらいは、と思い立って行ってみたことがある。
それは影山が中三のときの中総体、つまり去年だった。

その試合、影山は常に苛立ち、他の選手は委縮するか苛立つかのどちらかだった。当然だ、影山は無茶なトスを上げてはついてこれないことを糾弾していたのだ。
そしてついに決勝、影山のトスは、誰にもアタックされることはなかった。明確な抵抗を前に、監督は影山をベンチに下げる判断を下すも、結局その試合は敗れた。

そうした影山のトスは自己中な独裁者とまで言われ、北川第一の部員たちから「コート上の王様」という異名をつけられていたらしい。それがポジティブな意味でないことは明白だ。伊吹からすれば、みんな等しく後輩だったから責める気はない。むしろ、伊吹が最も苛立ったのは、監督に対してだった。

決勝のあと、伊吹は珍しく観戦しに行ったことを複雑な気持ちで後悔しながら観客席を立った。

いくら彼らの直接の先輩といえど、ここで声をかけてやるほど伊吹のコミュ力は高くない。そもそも、卒業時に及川たちと喧嘩した際に携帯を壊しデータが飛んだ伊吹は、後輩たちとの連絡手段もなくなったため、この半年以上彼らと関わってこなかった。
仙台市中心部の学校である北川第一と、郊外の烏野とでは距離的な遠さもあった。

だが偶然というものは本当にドンピシャなタイミングで起こってしまうもので。
伊吹は、トイレでばったり影山に出くわしてしまったのだ。
扉を出てすぐ、喧騒に満ちる廊下で、一気に高い位置になった影山の目と視線が合った。驚く伊吹に、影山はすぐに駆け寄って来た。


「朝倉さん!」

「あー…久しぶり、影山」

「なんで連絡取れないんスか!」

「いろいろあったんだよ…とりあえず、お疲れ」


伊吹と再開した衝撃で一瞬忘れていたらしい影山は、伊吹の言葉で表情を曇らせた。分かりやすい単細胞の後輩に、伊吹もやるせない気持ちになる。


「…こっち来い」


人目の多い場所は伊吹も嫌だったため、まずは人気のない廊下の片隅に移動する。すっかり大きくなった影山の足取りは重い。
別に、慰めようと思ったわけではないし、自分にそのような高度なことができるとも思っていなかった。それでも、伊吹にだって、伝えたい強い気持ちというのはあるのだ。

誰もいない廊下、影山に向き直ると、その目をまっすぐに見つめる。


「……お前は、悪くない」

「え…」

「お前は、勝ちたかっただけだ。本気だっただけだ。…バレーが、好きなだけだろ」

「っ、」


そう、影山は単細胞で、ただバレーが好きで本気なだけだ。でも、チームプレーに必要な要素に欠けていた。それは伝え方や言葉の問題でしかなかったはずだ。
本来、そういうところを指導するのも大人の役目だ。部活はあくまで学校教育の課外活動、アスリートを養成するところではない。教室で学べないことを学ぶ場だ。なのに、監督ら大人たちは、影山にそういうことを教えるのを怠った。コミュニケーション能力に問題があることに伊吹も気づいていたけれど、伊吹が北川第一にいた頃はここまでではなかった。勝つことへの執念が強まった結果なのだろう。
だから、これは大人のせいだ。影山のせいでも、金田一や国見らチームメイトのせいでもない。きっと伊吹や及川たち上級生のせいでもない。きちんと、大人が教え導くべきことだったし、それが部活としてスポーツをすることの重要な側面であるはずなのだ。


「影山のせいじゃない。…でも、これからもコートに立ちたいんなら、お前は学ばないといけないことがある」

「…?」

「それは、俺には教えらんねぇけど。高校では、それを学ぶべきだ」


選手でない伊吹に、それを教えることは限界がある。きっと影山は、実感として学ぶことはできないだろう。同じチームメイトとのかかわりの中で知るしかないことだ。


「…それだけ。じゃあな」


いつか、影山がきちんと大事なことを実感として得られるようになればいい。
恐らく、伊吹にとって選手でいられないことを最も強く後悔したのは、このときだった。



prev next
back
表紙に戻る