連載: the other rather together−距離


夜、汗だくで帰って来た伊吹たちを見た両親は安心したようにしながら、夕食は寿司だと告げた。治は膝から崩れ落ち侑は両腕を上げて喜びを表現する。


「伊吹は寿司やと何が好きなん?」


世界に感謝を述べる治は放っておいて、侑は伊吹を振り返って尋ねる。何が好き、というのはあまりないため返事に困ってしまった。


「別に、これといってねぇな…世界三大漁場を擁する宮城県民としてはまぁ、味にはうるせぇけど」

「牡蠣とか有名やもんね。にしてもあれやな、伊吹は寿司ネタで言うところのえんがわっぽい」

「はぁ?じゃあ侑は玉子で治は鯖だな」

「完全に外見やんか!」


色合い的には完璧だろう。何をもってえんがわなのが分からないが、あまり考えていなさそうなのでそれは流すことにした。


「侑は?てかそもそも何が好きなの」

「俺は好きな食いモンがそもそもトロやねん!やっぱ花形やろ」

「侑っぽいな。治は?」

「俺はめしならなんでも好きやで」

「こいつホンマ食い意地汚いんやで」

「実質カー〇ィじゃん」

「ぶはっ!!」


大雑把にもほどがある好物に、治に恋心を抱く女子は大変だなと思った。能天気なところのある双子らしいともいえる。呆けた雰囲気も相まって某ゲームのようだと言えば侑が勢いよく噴き出した。「吸い込んだるわ」と治が襲い掛かってくるのを侑の背後に隠れて避けつつ拳を見せればすぐにおとなしくなった。


「ふふ、仲良くなったみたいで良かったわ。ほら、早くお風呂入っちゃって」

「伊吹一緒に入る〜?」

「俺が仮にOKしたら入んのか」

「え、うん」

「は?無理」

「フッフ、素直やないなぁ」


軽口を叩きながら、双子と伊吹は2階へ上がる。部屋を分かれる前に、伊吹は最後でいいと告げて順番を双子に任せた。
やかましくじゃんけんをする2人の声を聞きながら部屋に入ると、決着がついたようで、治が意気揚々と着替えをもって風呂場へ降りていった。侑は悔しがりながら隣の自室に引っ込んだ。本日初の1人の時間である。

カーペットに座ってスマホを取り出すと、着信が入っていた。見慣れた先輩の名前に思わずため息が漏れる。まだ初日だというのに、もう電話してくるとは。実際、そうだろうと予想していたので驚きはない。
履歴をタップして折り返すと、すぐに繋がった。耳の中に、やはり聞き慣れた低い声が響いた。


『もしもし伊吹?もう着いてるよね?大丈夫?』

「何がっすか、及川さん」


電話の相手は中学時代の部活の先輩だった及川徹だった。北川第一で2つ上の代にいたセッターで、現在は県内の強豪校である青葉城西に通っている。
なぜかよく気に掛けてくれていた人で、離婚に合わせて引っ越すことが決まったとき、伊吹が一番最初に報告した人物でもあった。なんだかんだ、伊吹にとっても一番近しい人だった。


『新しい家族とやってけそう?双子の一個上なんだっけ』

「そうっす。まぁ、関西人らしく面白くて明るい人たちでした。今んとこ問題はねっすよ」

『それならいいけどさ。あー、ほんとに宮城にいないのかぁ〜。うわ、つら』

「…そんな、ですか」

『……そんな、だよ。本当に。もし俺がもっと大人だったら、伊吹が好きなことやれるように全力で頑張ったのになぁ、でも、そしたら一緒に部活できなかったなぁ、とか、なんかそういうこといろいろ考えてた』


なぜこんなにも気に掛けてくれるのかは分からない。及川も、その幼馴染であった岩泉一という先輩も、伊吹のことをよく可愛がってくれていたし、引っ越すときには本気で憤ってくれていた。親の都合に振り回されて、バレーをできなくなるどころか地元を離れなければならないことを憤慨していた。
そうやって常に自分のことを考えてくれる人がいる、それがどれだけ恵まれたことか。


「…及川さんたちが引退してからも、卒業してからだって、会いたいとか思ったことなかったんすよ、よく及川さんが自分から来てたから。……今、初めて、会いたいなぁ、って、思います」


会えるけれど会わないことと、会えないことは、まったく別だ。会えなくなって初めて、伊吹は会いたいと思ってしまった。
電話だからか素直に言えたその言葉に、及川は息を飲む。


『……そういうことさぁ……ずりぃよ、電話で言われても…もう、すぐ会いに行ける距離じゃないのに』

「だからっすよ」

『分かってるよ、もう。あー、今すぐ攫いに行きたい』

「ふは、いいっすよ、攫われてやっても」

『そういう可愛いこと言わないでってほんと!俺フラストレーションで死んじゃう!!』

「はいはい。じゃあ、そろそろ切ります。まだバタバタすると思うんで」

『うん、分かった。ちゃんどメッセ返してね』

「はい。それじゃ」




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