居場所−2
引退後、期末試験を終えて早い時間に帰路に着くと、校門に見慣れた2人の姿があった。及川と岩泉だ。今会いたくない2人の姿に足が止まるが、一方で、久しぶりに話したいという気持ちも同時に沸いてしまう。つくづくままならない。どちらにせよ何も言わずに通り過ぎるわけにもいかなかった。
「何やってんすか」
「おっ、来たね!中総体お疲れ」
「お疲れ」
「うっす」
及川と岩泉は高校に入って更に背が高くなり、急に体格も良くなった。高校生になるだけでこんなにも成長するのか、としげしげと眺めてしまう。
「なになに、及川さんがイケメンすぎて見とれちゃった?」
「寝癖ついてんなって」
「えっ!?嘘!?」
「嘘っす」
「おいこら」
いつものように及川をからかえば、いつものように憤慨が返ってくる。大丈夫、隠せる。伊吹は内心でそう思いながら、2人の用件を聞くことにした。
「どうしたんすか?」
「いーや?ただ、伊吹の調子はどうかなって、見に来た」
「…俺のっすか」
もう引退したのに様子を見るとはどういうことだろうか、と怪訝にしていると、察した及川がいたずらっぽく笑った。そういう仕草がいちいち様になる。
「引退して燃え尽きてないかな〜って。溝口君…うちのコーチから伊吹に推薦出したって聞いてたし、受験のことも聞きたくて」
「青城のスポ推は楽だぞ」
当然のように伊吹が青城に行くと思っている2人に、伊吹は曖昧に返す。俎上に上がっていない学校の1つだからだ。烏野はともかく、伊達工と白鳥沢は青城と距離も近いライバル校、それらに行くと言えばどんな反応をするか、怖かった。
「そうだ伊吹、このあと暇?暇だよね?今日部活ないからさ、俺ん家おいでよ」
「え…や、別にいいっす」
「いいからいいから!」
及川はわりと人の話を聞かない強引なときがあるし、それを普段諫める岩泉も、自分に都合が良ければ何もしない。どうやら及川と利害が一致しているようで、岩泉も「なんかコンビニで奢ってやる」と言ってノリノリだった。なるべく一緒にいたくなかったのだが、こうなったら止められない。
伊吹は仕方なく、強引な先輩2人についていくことになってしまったのだった。
***
北一からは徒歩圏内の及川の家にたどり着くと、幼馴染である岩泉も勝手知ったるように入っていく。伊吹も何度かここに連れてこられたことがあったため、「お邪魔します」とは言いつつ慣れたように靴を脱いで上がった。
どうやら及川の家族は外出らしく、家には人の気配がない。こう見えて和室育ちの及川の自室に階段を上がると、手狭ながら落ち着いた部屋になっていた。
中学の時はいろいろと散らかっていたが、高校になるにあたって整理したのか、ものが減っていた。教科書が「理科」から「化学」「生物」などに変わっているのを見て、2人が高校生なのだと変に実感した。壁にかけられたブレザーは白く、夏服の2人は水色のシャツしかしてないが、夏以外の季節はあのオシャレなブレザーを羽織っているのだろう。及川はともかく、岩泉はなんだか似合わないような気がした。
「飲みモン取ってくるね。麦茶でいい?」
「あ、はい」
岩泉は何も言わずに荷物を放って自室のように畳にくつろぐ。伊吹は荷物も置かずに、変わった部屋の中を見渡していた。及川は鞄を座椅子の横に置くと、飲み物を取りに行くべく階下へ行こうした。
そして、扉のところで立っていた伊吹の横を通り抜けるとき、同じタイミングで荷物を床に下ろした伊吹とぶつかってしまった。伊吹のスクールバッグを及川が蹴ってしまったのだ。開けたままにしていたこともあり、中身がどさりと畳に散らばる。
「いてっ!うわ、ごめん!」
「すんませ、」
及川は慌てて荷物をまとめようとしてくれた。伊吹も自分で片づけようとして、及川が手に取った冊子を見て息が止まった。
及川は、拾い上げた白鳥沢のパンフレットを見て、動きを止めていた。
「あ、の、それは…」
「……伊吹、白鳥沢、行くの」
「はぁ!?」
そんな及川の呆然としたような声に、岩泉が反応してガバリと起き上がった。最悪だ、伊吹は頭を抱えたくなる。よりにもよって、こんなところでバレるとは思っていなかった。伊吹との身長差が13センチ近くに達している及川は、パンフレットを持って屈んでいた腰を伸ばすと、伊吹を高いところから見下ろした。その目線は、怖くて合わせられなかった。