連載: rack up, good luck !−5
「……俺の親、中学2年のときに離婚してんの。『方向性が違う』とか言ってな。そんで、母さんと暮らすようになって金ねぇから、バイトと部活両立させんのに、選手やんのは無理があったってわけ」
農家どうし、当初は農家として結婚した2人だったが、父は夢だった空手教室を開くために農家をやめ、母は最初こそ我慢して手伝っていたがやはり無理がある経営にその我慢も限界を迎えた。
家庭を大事にする母と、夢を求め過ぎた父、方向性が違うなどとバンドのようなことを言うにはもっとシリアスなことが2人の間にはあったはずだが、伊吹に必要以上のストレスを与えないよう、きっと2人は少なくとも伊吹の前では大したことのないようにふるまっていくれていた。
だから、伊吹はあまりこのことを気にしていないし、人にも気軽に話せる。だが、この後輩たちはいきなり入学して先輩のセンシティブな話を聞いてしまったと顔を青ざめさせていた。
「す、すんません、俺っ、」
慌てる日向に、伊吹は気にするなという意味を込めてそのオレンジの髪の毛を混ぜ返した。
「…別に、珍しい話でもねぇし、俺は気にしてねぇ。だからお前らも気にすんな」
影山は何か言いたそうにしていたが、言葉が出てこないのか、言う事を諦めていた。ふと、なぜ2人がこんなところに突っ立っているのか気になった。もう部活は始まっている。
「つか、お前らこんなとこで何してんだ」
「それが…」
影山は途端にいら立ったようにして顛末を話し始めた。
聞くところによると、2人は中総体で因縁があったらしく、部活前に体育館で口喧嘩になっていた。それは澤村たちが来てからも止まらず、教頭が来てからも収まらなかった。
そして2人はサーブ対決をはじめ、運悪くボールの流れ弾が教頭を直撃し、そのカツラが吹っ飛んで澤村の頭に見事着地し、キレた澤村に2人は摘まみだされたということだ。
「俺たちがチームメイトとしての自覚を持てるまで練習に参加させないって…」
しょんぼりとして言う日向には悪いが、教頭のカツラが澤村の頭に収まったくだりは聞くだけで面白い。滅多に動かない伊吹の表情筋が緩みそうになるが、2人は深刻な顔をしているのだ、茶化すようなことはしたくない。
すると、がらりと鉄の扉が開いた。どうやら話声に気づいたらしい澤村が開けてくれたようだ。
「どうかしたか伊吹」
「……ふっ、くく、」
その澤村の顔を見た瞬間、ついに我慢しきれなくなった伊吹は、なんとか堪えようとしながらも堪えきれず噴き出した。俯いて震えるようにして笑っていると、どうやら田中も出てきて「おい伊吹聞けよ教頭のヅラがよー!」と追い打ちをかけてきたため、もはやしゃがみこむ。
「朝倉さんが笑ってる…」
「伊吹が爆笑してるだと…」
そんな伊吹に、愕然としたような影山と澤村の声が落ちる。それくらい、普段伊吹は不愛想で笑顔など見せないのだ。そしてそれくらい、教頭のカツラの話がツボに入ってしまったのだった。
ようやく平常運転に戻ったあと、伊吹はまたマネージャーとしての仕事に戻り、澤村たちは日向たちと今後のことについて話したようだ。体育館をあとにてしていたので、2人が練習に参加できたかは分からない。
部活終了時刻になって体育館に戻ると、結局2人がどうしたのか田中に尋ねる。
「あいつら、どうするって」
「いやー、勝負して勝ったら入れてくれってよ!おもしれーよな」
「…ま、あいつらっぽいか」
納得の展開に脱力する。今度の土曜日、他の1年部員と澤村、日向・影山と田中に分かれて勝負するらしい。
「伊吹、影山って中学もああだったのか?」
すると、澤村がネットを片付けながらそんなことを尋ねて来た。ボトルを片付けながら、伊吹は頷く。
「俺よりコミュニケーション能力に問題あるヤツっす」
「それはやばいなー」
菅原はそれを聞いてあちゃーという声を出した。わりと失礼だが、自覚はあるので伊吹は言い返さない。澤村もちょっと困ったような表情だ。
「…でも、烏野でなら、きっとあいつも変われるんじゃねっすか。チームって意味で、ここでならあいつは、良いモン学べるはず、って思い、ます…」
言いながら、普段なら絶対に口にしないことを言っていることに気づき、伊吹の言葉はしりすぼみになってしまった。いつの間にか体育館も静かになっている。
「…なんつか、今日は伊吹のレアなとこめっちゃ見た気がするぜ」
そこに田中のしみじみとした言葉が響き、思わず伊吹はその硬い腹を殴る。これでも空手黒帯だ、田中は呻いて床に崩れ落ちた。そのうるささに、やっと澤村と菅原も呼吸をするのを思い出したかのように息をついた。
「伊吹の可愛いデレをこうも簡単に引き出すとは、あの2人やるなー」
「肉まん奢ってやらないとなぁ」
「ほんとやめてくださいその扱い」
これだから春は面倒だ。無理やり変化をさせられるようで、疲れるのだ。伊吹はそう思いながら、それでもあの2人が入る新しい烏野排球部に、期待を寄せてしまう自分を見てみぬふりをした。